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京都市の基本構想・基本計画(資料編)/京都市基本構想等審議会/第11回 教育・人づくり部会

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2001年2月1日

21世紀・京都のグランドビジョン 京都市基本構想等審議会 記録/第11回 教育・人づくり部会

日 時 : 平成12年8月28日(月) 午後1時~3時30分

 

場 所 : 京都ロイヤルホテル「青雲」

 

議 事 :

(1) 京都市基本計画素案について     

(2) その他

 

出席者 : 

梶田 真章(法然院貫主) 

川阪 宏子(市民公募委員) 

佐々 満郎(京都府私立中・高等学校長会事務局長) 

佐々木博邦(市民公募委員)

○シュペネマン・クラウス(同志社大学文学部教授) 

永田 萠(イラストレーター) 

西川 國代(京都市保育園連盟副理事長) 

八田 英二(大学コンソーシアム京都理事長) 

韓 銀順(京都市生涯学習総合センター講師) 

福田 義明(京都市私立幼稚園協会会長) 

山本 壮太(NHK京都放送局長)                               

 

以上11名 

○…副部会長     (50音順/敬称略)     

 

 

1 開 会

シュペネマン副部会長

  第11回「教育・人づくり」部会を開催させていただく。本日は金井部会長が病気で欠席のため,副部会長の私が進行させていただく。

 

 

2 議 事

(1) 京都市基本計画素案について

シュペネマン副部会長

  最初に素案の位置づけについて説明したい。この素案は5つの部会のテーマ別討論の結果を取り入れ,調整委員会で作成したものである。今後,部会での議論,パブリックコメントで得られる市民意見を踏まえ,調整委員会で第1次案を作成し,10月20日の審議会総会の場でそれを議論する予定である。その後さらに必要に応じて修正を加え,年内に市長に答申することを想定している。本日の素案は最終案ではなく,各部会での討論及び市民意見募集のための「たたき台」と考えていただきたい。

  素案については事前に送付してあるが,内容を簡単に説明しておく。全体は3つの章に分かれているが,行政分野別の縦割りではなく,市民に分かりやすいものとするため,基本構想の流れに基づき構成されている。

 ――(資料1について説明)――

 ここで議論の進め方について提案がある。非常に幅広い専門性の高い内容になっており,この場ですべての項目を取り上げて議論することはできない。まずこの部会と関係のあるセクション,第1章第1節3,第1章第2節2,第2章第1節3,第2章第2節4の順に議論を進め,時間が余れば第3章を取り上げたい。さらに時間があれば他の分野に関するご意見もうかがいたい。

  内容的には3つの視点で考えていただきたい。第一に,京都市の財政的見通しはたいへん厳しく,調整委員会でも「金のないところから議論を始めるべきではない」,「場合によっては法定外目的税を考えてはどうか」,「予算にメリハリをつけてはどうか」といった意見が出された。すでにある政策を継続したり,新しい政策に取り組むだけでなく,場合によっては縮小・廃止すべき政策もあるのではないか。第二は,従来の制度・しくみの枠組みを超えて新しいことを考える可能性もあるのではないか。第三は,順番を決めて10年先20年先まで細かい計画を立てることは不可能だが,この素案では細かい施策が並んでおり,重点がどこにあるか分からない。基本構想では信頼の構築がキーワードとなっており,また京都の文化を世界にということも書かれており,抽象的ではあるが重点がどこにあるかが分かった。基本計画は専門的なので難しいが,もう少しどこかに重点があったほうがいいのではないか。以上の点を前提に議論を始めたい。

  まず第1章第1節3についてご意見をうかがいたい。

 

佐々木委員

  最初の予定では,今後10年先にどういう子どもを育てようとしているのかが読めば分かるものでなければならないということだったが,この素案を見てもそういう将来像がはっきり見えてこない。一つには,今までの学校教育の弊害がいろいろ言われていて,それに対して(2)「心豊かで優れた社会性を身につけ,…」ということが書かれているのだと思うが,親としては子どもに優れた学力を身につけさせたいという気持ちがある。学校で学ばせる意義の半分は学力にあり,あとの半分に社会性や協調性があるのであって,どこかで学力について言及しておかないと市民の共感は得られないのではないか。逆に,最近は学級崩壊や登校拒否,15歳や17歳などの青少年の,想像を絶する犯罪が問題になっているが,それに対する分析や対処法が書かれていない。今すぐにでも取りかからなければならない問題でもあり,もう少しそういったことについて書かれてもいいのではないか。

  すべての分野において,他都市と違い京都であるからこそできること,京都であるからこそやらなければならないことがあると思う。学校教育においても,京都について子どもたちに学ばせたり,文化の蓄積の上に立った京都の21世紀を担う人づくりが必要だと言われているが,本当の京都を知っている人が少ない。着物が売れなくなったと言うが,京都の人が好きでないものを他の地域の人が買うわけはない。社寺等にしても,京都の人が価値を認めなくなったものを他都市の人が見に来ないのは当然だ。内需拡大ではないが,京都の中,学校の中で「京都とは何か」を学ぶ機会を持つという内容を盛り込んでほしい。どの分野においても「京都が京都であるために」という部分が鮮明になるものが,縦横に織物のようになって出てくれば,京都らしい計画になるのではないか。

 

シュペネマン副部会長

  1点目は豊かな心に対して学力も重要であり,そのバランスがとれていないので,学力を強調すべきということであり,2点目は学級崩壊や犯罪への対応がまったく取り上げられていないということ,3点目は京都らしさ,京都の良さをもっと強調すべではないかというご提案だ。関連したご発言があればうかがいたい。

 

韓委員

  佐々木委員と同感で,(2)ウに「京都の歴史や伝統文化に親しみ次代へ引き継ぐ教育の推進」と明記されているが,例えば祇園祭にしても一部の学校以外は登校日になっていて,見に行ける子どもは少ない。祇園祭のように京都にとって重要な祭りのときには学校を休校にして,子どもたちに祇園祭を見に行く機会を提供すべきだ。

  登校拒否や学級崩壊は一時期話題になったが,最近はさらに深刻な犯罪が問題になって,登校拒否などの問題はその陰に隠れてしまっている。実際は登校拒否の生徒が減ったわけではなく,マスコミに取り上げられるような話題ではなく,ごく普通の家庭でも起こりうる問題になりつつある。そういった現況に対する危機感が明記されていない。どんなにすばらしい施策があっても,子どもが学校に行かなくては優れた教育を提供できない。子どもたちが学校を好きになるようなしっかりした対策を考えなければならない。子どもたちになぜ学校が嫌いかを聞くと,「なんとなく嫌い」という答えが返ってくる。最初に悩みが芽ばえたとき,相談できる先生が身近にいないのではないか。(2)イ(ア)に「スクールカウンセラーの配置拡大」等が挙がっているが,以前佐々木委員からご発言があったように,子どもたちはカウンセラーにではなく担任の先生に気持ちを聞いてほしいと思っている。担任の先生は勉強を教えて,心の悩みは他の先生が聞くということでは,子どもたちに聞いてもらえたという満足感がなく,悩みも解決しないのではないか。スクールカウンセラーの配置拡大より,担任の先生のカウンセリング能力を高めることが大事ではないか。

  また,全体的に学校の先生の年齢が高すぎるように思う。子どもたちが先生と一緒に活動したいと考えても,高齢の先生では体力的に対応できない。若い先生を積極的に採用し,活かしていく工夫をすべきではないか。

  もう一つは学校給食の問題で,給食で特定の食べ物が嫌いになる子どももいると聞く。栄養価やカロリーも大事だが,おいしい食べ物を学校で提供できるように給食を改善することも大事ではないか。

 

シュペネマン副部会長

  1点目は祇園祭の日は学校を休校にしてはどうかということだ。2点目は教職員の質に関するご意見だが,登校拒否や犯罪などは複雑な問題であり,課題として取り上げることはできても京都市としてできることは限られている。3点目は給食についてのご意見である。

 

福田委員

  若い先生が子どもたちに好まれるというが,物理的な年齢ではなく,子どもといかに共感できるかがその先生の年齢だと思う。もう一点は,佐々木委員の学力を強調すべきというご意見だが,人間の価値は学力で決まるものではなく,基本計画の中で学力について言及することには反対だ。学力ではなく,みずからが考え,生きる力を学ぶことで住みよい社会がつくられる。基本計画が学力のない子どもに負担をかけるようなものとなってはならない。

  21世紀の初頭には不登校の生徒が10万,20万を超える事態になり,教育の現場では最大の問題になると思う。子どもたちが学校に行きたいと思うような環境づくりが必要だ。学校の隔週5日制がようやく定着してきたが,2002年には完全週5日制が実施される。どのように子どもたちに土日を過ごさせるかについて,親の心配は大きい。基本計画の中に小中学生が土日を過ごす場の提供を盛り込んではどうか。特に(1)の中に学校施設や保育所,児童館等の開放等,施設の用い方を具体的に盛り込むべきではないか。

 

 シュペネマン副部会長

  1点目は子どもと教師の関係は年齢の問題ではないということ,2点目は学力を計画に盛り込むべきではないということ,3点目は土日に子どもが過ごす場を提供するということで,それに関して地域がどう協力できるかという具体的内容を盛り込むべきというご提案だ。

 

梶田委員

  21世紀の京都に小中学校が必要かどうかが疑問であり,学校に行かない子どもがいてもいいのではないか。また,祇園祭については左京区民としては自分たちの祭りという意識がない。それぞれの祭りは地域ごとに盛り上げていくべきもので,祇園祭を市民の祭りと考える必要はない。

  ここに挙がっている施策をすべて実現できればいいが,どれを重点的にやるかということになると,当部会の中でも各委員でそれぞれ意見が異なり,優先順位を決めることは難しい。全部やっていくということになると,どれもが中途半端になるのではないか心配だ。

  大人社会が変わらなければ子育ては変わらない。大人が変われば子ども社会は自ずと変わっていくはずだ。

 

シュペネマン副部会長

  1点目は学校はなくても子どもは育つというご意見,もう1点はどこに重点を置くかという問題だが,最終案に書かれるであろうすべての施策を実現することはできないので,ある程度中途半端な計画になるのは仕方がない。いつまで,どこまでということについては不明のまま残るかもしれない。

 

佐々委員

  基本は(3)ウの「教職員の能力と意識の向上をめざした取組の充実」に尽きるのではないか。凶悪な犯罪が起こったとき,決まって「目立たないまじめな生徒だった」という校長のコメントが出るが,子どもをどれだけ見ていたかという観点から反省すべきだ。(2)ア(イ)に「30人学級を展望した」とあるが,人数の改善よりも,むしろ明治以来の一斉指導をやめ,細かな個別指導を行うことが重要なのではないか。先生の指導力については,モータリゼーションが進んで車で学校に通う若い先生が増えたことで,経験を積んだ先生から教えてもらう機会が少なくなり,教師の指導力が低下したという事実がある。教育委員会で研究会などの機会を設け,教員の指導力の向上を図る努力をされているが,チーム・ティーチングよりも一人一人の教師が責任を持って教育していく姿勢を堅持すべきだ。学校教育のベースは確かな基礎的学力の養成と豊かな個性の伸長に尽きると思う。いろんな事件が起こるたびに「心の豊かさ」や「生きる力」など文部省から新しい言葉が次々出てくるが,新しい言葉に追われるのでなく,学校教育に課せられたベーシックな役割をきちんと果たすことを忘れてはならない。

  国語教育の時間は大正時代には4年生で12~13時間あったが,今回の指導要領の改定で4~5時間に減る。豊かな感性を育てる意味でも,日本人としてのアイデンティティを保つという意味でも,国語教育は重要だ。国語力,読書力を育てることをもっと強調すべきではないか。(2)ア(ウ)に「読書教育」が挙がっているが,「読書指導」と改めたほうがいい。

 

シュペネマン副部会長

  順番が何を意味しているのか分からないが,設備や建物が先にきて,教職員についての項目が最後にきているのはおかしい。最も重要な教職員の能力を最初に持ってきてはどうか。

 

八田委員

  ここに書かれていることをすべての学校が採用した場合,すべての学校が同じように多様な取組をすることになる。基礎的学力をつけることは最低限必要だが,公立小学校も学校ごとに違った重点を置き,父兄や学生が学校を選べるようにしてはどうか。すべての学校が同じことをしていて,1つの学校を見れば多様だがどの学校も同じというよりは,ある小学校にはこういう特色ある先生がいて,この部分で特色ある教育に力を入れているというように,京都市全体として見たとき学校システムが多様で,学校が相互に競争しているほうがいい。そうすることで職員の啓発にもなり,工夫が生まれ,学校のシステム自体が活性化する。私立の学校は競争しており,公立の学校にも競争を導入し,父母や生徒の要求に応えられるようにしてはどうか。

  祇園祭の日を休校にというご意見があったが,それなら祇園祭を日曜に開催すればいいのではないかと思う。

 

西川委員

  この夏休み中まちなかに子どもの姿が見えないのが気になった。(1)ウに「学校休業日における地域活動の充実」が挙がっているが,子どもたちにとって置かれている環境,地域が魅力的ではないのかと思う。子どもたちの友だちづくりの場や,人と人の関係をつむいでいくという内容をここで強調してはどうか。

  (2)イに総合的な学習の時間をもう少し充実するという内容を盛り込んではどうか。また,(2)イ(ア)にカウンセリングセンターの設置とスクールカウンセラーの配置拡大が挙がっているが,その学校をよく分かった人や地域事情がよく分かった人という意味では,外から人を入れるのではなく「学校内カウンセラーの配置拡充」を考えるべきだ。カウンセリングセンターに相談に行くことについては親にも子どもにも拒絶反応があるので,あくまでも学校内にカウンセラーを配置していく必要がある。

 

シュペネマン副部会長

  地域を学校教育で生かすということと,地域と学校のことをよく知っている学校内のカウンセラーを置くべきというご意見だ。

 

川阪委員

  この素案からは現在の社会問題を解決していくためにどうすればいいかが見えてこない。基本計画なので,あまり細かい施策を羅列しないほうがいいのではないか。

  (3)ウに教職員の能力の向上ということが挙がっているが,教職員の精神的活性化が大事だと思う。若手教職員がやる気を起こす現場づくりが必要であり,現場の若手の先生が意見を出せる場を設け,その意見をできるかぎり尊重していただきたい。それによって現場の問題はかなり解決できるのではないか。

  先ほどカウンセリングについてのご意見があったが,少数の心の弱い子どものことも十分に考えなければならない。カウンセラーとしては児童心理学等の専門家を迎えるべきだ。担任が児童生徒の状況を把握することも重要だが,担任の先生は非常に多忙であり,精神的にも肉体的にもたいへんなので,カウンセラーとしては専門家を迎えて子どもたちが相談できる状況をつくり,カウンセラーと担任が連携して問題を解決していくべきだ。

  完全週5日制が実施されると塾ばかりが盛んになるのではないかと心配だ。学力も大事だがその他のことも大事だ。また,障害を持った子どもへの対応をどうするかも課題ではないか。

 

シュペネマン副部会長

  カウンセラーは専門家でなければならないという法律がある。担任との連携は重要だ。若手教員の発言の場というのはどういうことか。

 

川阪委員

  現状では若手教員が発言できる機会が十分ではなく,意見を言っても取り上げられないので仕方がないという声を聞く。

 

佐々委員

  若い教師がそんな弱気なことを言っているとは情けない。40人の子どもを抱えているのだから,校長を相手にしても自分の意見は堂々と言うべきだ。

 

梶田委員

  今の先生は昔に比べて非常に忙しいと言われるが,なぜそうなっているのか。 シュペネマン副部会長  質問については,後ほど教育委員会から答えていただきたい。

 

永田委員

  千年後の京都はどうなっているか,京都の何がなくなるかを考えたとき,建物はこの先千年はもたないので,京都らしい景観を支えているものは時とともに失われていくと思う。(1)に「家庭と地域と学校の連携による」とあるが,千年たっても人類が存続している限り家庭はなくならないと思うし,家庭があれば子どもが育っていくので,子どもを教育するための学校もなくならないと思う。なくなるとすれば,最も京都らしい魅力の一つである地域がなくなるのではないか。家庭については,家庭の中に踏み込まなければならないため基本計画に盛り込むのは難しい。学校については非常に具体的な方法が挙げられているが,行政としてできることが背景にあり積極的表現がとられているのだと思う。他方で地域については,その重要性を謳いながら,地域に関して京都市に何ができるかということについての具体的な記述がなく,及び腰という印象を受けた。家庭に踏み込めないのと同様に,地域はそこに住んでいる人によってつくられているので,一方的に押し付けることはできないということがあるのかもしれないが,だからこそ地域のために市としてこういうことがしたいという姿勢を示す表現があっていいのではないか。非常に分かりやすい表現と,たいへん分かりにくい表現があるが,何を言っているのか分からない部分は地域にかかわる記述に多いように思う。もう少し地域に関して具体的なことが明確に表現されるべきだ。

 

シュペネマン副部会長

  他の分野に書かれているかもしれないが,地域に関して市としてどういうことができるかということは大事だ。

 

山本委員

  基本構想は建物で言えば設計思想であり,基本計画はそれをいかに具体化するかという意味で設計図でなければならないが,例えば基本的方向の最初の5行で当部会で議論してきた家庭と学校と地域の役割と相互の連携がいかに大事かということが書かれており,残りの2行で目標が書かれている。問題はそれに続く部分で,いきなり壁紙や屋根瓦といった材料になっており,柱が無い。この素案には基本設計が抜けている。本来なら(1),(2),(3)が具体的な柱でなければならないが,抽象的な美文になっていて「基本的方向」で書かれたことを情感で薄めているにすぎない。細かいディテール部分についても,すでに行政の中に予定項としてあるものが羅列されているにすぎないのではないか。

  柱を立てるとすれば(1)を家庭,(2)を学校,(3)を地域として,それぞれ何をするかを命題としてはっきり打ち立て,整理すべきではないか。すぐできることから長期的なことまで含め,そこに思想や信念が見えるものにしなければならない。ここにはすでに着手されている施策もあればまったく新しい施策も挙がっているように思う。

 

シュペネマン副部会長

  柱がないというご意見には全く同感だが,(1)家庭,(2)学校,(3)地域とすることで解決になるのか。結局組み合わせを変えるだけになるのではないか。どういうシミュレーションでこういう施策を入れたかについては,現在の施策の延長線上で,今までの枠組みを基にして重点を少し置き換えただけというのが事実だと思う。調整委員会でも柱は何か,どういう根拠に基づいて計画を立てるかという議論があった。

  ほかにご意見がなければ,第1章第2節3に移りたい。

 

西川委員

  (1)ウ(エ)の「プール制」という用語は一般市民に理解してもらえるのか。民間保育園の職員の財源になっている部分で,われわれは「民間保育園職員処遇改善制度」と言っている。具体的な説明を追加したほうがいいのではないか。

 

保健福祉局(堀岡福祉部長)

  ご指摘のように,「プール制」は一般市民にご理解いただける表現ではない。どういう形で説明するかについては検討したい。

 

川阪委員

  ここに書かれていることをいかに実行するかが問題だと思う。男女共同参画についての記述は他の箇所にあるが,この部分にも出産,育児,教育は女性だけの役割ではなく,社会制度の変革が必要であることを明記してほしい。また,育児手当てや社会福祉制度の充実についても盛り込んでほしい。

 

山本委員

  全国的に見ても京都は特に出生率が低い。ここには少子化についての言及がないが,少子化は人類や日本にとって大きな問題であり,それにどう京都が取り組むのか気になる。

 

シュペネマン副部会長

  市民に「子どもをもっと産んでください」とは言いにくい。若い人が京都市外に移っていることと関連しているのかもしれない。少子化への対応は重要なポイントだと思う。

 

梶田委員

  安全ということを現代社会はあまりにも強調し過ぎる。たくましい人材を育むためには少々怪我もしなければならない。いじめがなくならないのは見て見ぬふりをする子どもがあるからで,それは親が怪我をするのでかかわってはいけないという教育をすることに原因がある。子どもが安心して安全に暮らせる社会とのバランスをどこに求めるかが問題だ。今の親は子どもを安全に育てようとするが,それによって昔のようにたくましく子どもが育たないところがある。

 

シュペネマン副部会長

  学力と豊かな心のバランスと同様に,安全に対してたくましさを入れてもいいかもしれない。

 

西川委員

  (1)ア(ウ)に掲げられている「京都子どもネットワーク」連絡会議や行政区レベルの「子ども支援センター」など,ここでは就労しながら子どもを育てている母親に対する支援がクローズアップされている。若い母親の育児力が弱っている中で,就労していない母親に対する施策が盛り込まれてもいいのではないか。そういう意味では,「こどもみらい館」の南部版をつくるとか,行政区ごとにそうした施設を整備するといった施策が盛り込まれればいいのではないか。

 

シュペネマン副部会長

  続いて,第2章第1節3に移りたい。

 

八田委員

  京都市として大学に関してできることは,主にハード面の高さ制限や工場等制限法の緩和ぐらいかもしれない。以前に申し上げたように,京都には工場等制限法により学科の新設についての制限があり,また,長浜市のように一つの大学の整備に多額の資金を投入することもできない。大学コンソーシアムのような準民間機関に対して支援するのはいいと思う。(1)「大学のまち交流センターを核とした交流の場づくり」で書かれていることについては納得できる。できれば京都市から積極的に文部省に要請をしていただければいい。

  むしろ大学に対する京都市からの「このように大学を利用したい」という要望を書いてはどうか。大学の人材やキャンパス,図書館の市民への開放とか,大学は京都にとっての資産であり市民のために積極的に使いたいということを書いてはどうか。そうすればコンソーシアムとして各大学に対してそれに応じるよう要請することもできる。大学に対して京都市が何をできるかではなく,京都市に対して大学が何をできるかを問いかけていただきたい。今までは京都にあるということを大学が意識していなかったが,地域との共生,垣根を低くすることがこれからの大学の目指すべき方向であり,京都市として大学に対する要求をもっと書くべきだ。

  教室の開放や土日の施設提供,コンピュータの市民への開放,授業の公開やテニスコートやプール等スポーツ施設の市民への開放,市民と大学の先生方の研究会組織をつくることも考えられる。大学の持つ知識,人,施設を京都市や京都市民のために開放することで,本当に市民にとって魅力ある「大学のまち・京都」になる。今まで大学と京都市や市民とのかかわりは少なかったが,大学コンソーシアム京都によってある程度風穴が開いた。もっと大学と京都市や市民との間の交流が深まっていいのではないか。

 

シュペネマン副部会長

  市がどういうことをすべきかということだけでなく,大学が市民のためにどういうことができるかという観点から考えたほうがいいというご意見だ。

 

福田委員

  本日も立命館大学の中を歩いてきたが,運動場の中に庭園のようなものができていた。各大学が垣根を低くし,市民が自由に出入りできるようにしてほしい。大学は塀が高くどこから入っていいか分からないというイメージがあるが,今の八田委員のご意見をぜひ市民の要望として盛り込んでいただきたい。

 

シュペネマン副部会長

  (2)イで特定の大学名を挙げることが適当かどうか疑問だ。

 

梶田委員

  外部から講師を招いて公開講座を開くだけでなく,大学の先生が市民を相手に授業する機会がもっとあればいいのではないか。また,大学生は夏休みになると地元に帰ってしまうが,京都市と大学と学生のネットワークで,京都でしか学べないものを休み中に学ぶ機会をつくってはどうか。

 

シュペネマン副部会長

  シティカレッジはいい試みだと思うが,普通の授業に1人,2人社会人が参加するだけで授業は変わる。

  大学について他にご意見がなければ,次に第2章第2節4に移りたい。京都は生涯教育に関しては他都市より恵まれており,新しいことを付け加えるのは難しい。財政見通しが厳しいということでは,生涯学習は市のサービスで利用者の負担にならないと考えられているが,すべてのサービスが無料ではないということを明らかにしてはどうか。

 

山本委員

  この部分はよく書けていると思うが,強いて言えば京都の中で自己完結しているところがある。京都はすばらしい生涯教育の場であり,何らかの形でそれを京都以外の地域にアピールしていくべきだ。第2章第1節2とも関連するが,最近は京都に1週間ほど滞在して,伝統産業を体験したりするステイ型の観光客が増えている。生涯教育という観点で外部にアピールしていくことを,京都市が金を儲けるということも含めて書いてはどうか。

 

川阪委員

  (1)イ(ア)「公民の枠を超えて」という表現は「公共物あるいは民間所有を問わず」としてはどうか。(1)イ(イ)のバリアフリーの「推奨」は当たり前であり,「推進」とすべきではないか。

 

シュペネマン副部会長

  生涯教育は日本では定年退職した暇のある人の遊びという印象がある。京都の場合は特に歴史を学ぶことが強調される。他国では生涯教育というと職業教育だが,例えば日本でも年配の人が若者の考え方を理解し,若い人と対話できる能力を身につけたり,自分の知識や経験を若い人に伝えることができないかと思う。

  続いて,第3章についてご意見をいただきたい。

 

梶田委員

  神社仏閣については第2章第2節2にしか出ていないが,文化観光の部分だけでなく生涯学習のところに入っていてもいいし,環境でも役に立つところがあるのではないか。

  本審議会について疑問に感じているのは,京都市の基本計画は本来議員がつくるべきであり,別にこのように市民の代表が集まって議論するのは税金の無駄使いのように感じる。議員が市民の代表としての役割を十分果たしていれば,われわれが議論して市民意識を行政に反映させる必要はない。そういう意味では第3章に書かれているような,市民意識が行政に反映されるしくみとして議会と別に市民が直接市政とかかわりを持っていくことが本当に相互補完になるのか。前提として,議会の本来的役割の強化が市民からの要望として打ち出されるべきではないのか。

 

シュペネマン副部会長

  行政の計画の中に神社仏閣を取り上げることについては,政教分離という観点から微妙な問題がある。京都では寺や神社は文化として重要な役割を果たしているので入れてもいいと思うが,どこに入れるべきか。

 

梶田委員

  文化に限らず,生涯学習や環境など,全体として役立つ方向に変わっていくべきであり,政教分離と関連して,どこまでできてどこからできないかを市民的に議論していければいい。

 

シュペネマン副部会長

  市民参加については2つの問題を区別しなければならない。1つは素案の作成に関して,事務局は非常に丁寧に部会での意見を拾い上げて素案に盛り込んでおり,審議会が無駄であるとは言えないが,専門的なテーマを扱うにはわれわれの力が十分でないところがある。また,市民参加がどこまで実現できるかについては,議会の権限もあり,微妙な問題だ。

 

川阪委員

  第4節はたいへん新しい試みであり,市民として積極的に推進していただきたい。第3章の頭書きの部分の「市民を信頼し,積極的に情報を公開し」と「市民と行政が対等の立場で政策を議論し」という表現については再考をお願いしたい。情報公開法の趣旨から言っても積極的情報開示は当然のことであり,基本計画としてこういう文言が出てくることには疑問を感じる。

 

山本委員

  第3節2(8)に関西広域連携協議会等について書かれているが,府市の関係をどう考えていくのかについては触れられていない。また,「計画の推進」は「以下の点についての記述を今後行っていく予定」とあるが,いつどのような形で見ることができるのか。

 

シュペネマン副部会長

  第3章についてはまだ十分練られていないが,今後調整委員会で検討されることになると思う。

  今までの質問やご意見について,市からご発言いただきたい。

 

教員委員会(矢作教育長)

  最近先生が忙しくなったのはなぜかという梶田委員のご質問について,過去も現在も,子どものことを考えまじめに取り組んでいる教師は多忙だと思う。今日的課題としては2点考えられるが,1つには家庭で基本的しつけや生活習慣が確立していない子どもが増えており,家庭や地域社会がかつて果たしていた役割を教員がある程度担わなければならないということがある。もう1つは今日の都市のさまざまなニーズに応えていかなければならないという点で,環境教育や情報教育,性教育,消費者教育等への対応や不登校などの問題に対応しなければならないため,非常に忙しくなっているのは確かだと思う。

 

事務局(葛西政策企画室長)

  山本委員からのご質問のあった「計画の推進」については,今後調整委員会で第1次案を作成し,10月の総会に提出されるときには最終形に近い形で記述されることになる。府市の協調についてもこの部分で記述することになる。

 

(2) その他

シュペネマン副部会長

  本日はいろいろなご意見をいただいた。本日の議論については調整委員会に伝えたい。次は調整委員会で作成した第1次案を10月20日の総会で審議する予定になっている。本日言い足りなかった点があれば,9月1日までにメモで事務局に提出していただきたい。

 

佐々木委員

  学校教育のところで,枠組みが鮮明でないので,家庭,学校,地域というように柱を組み替えてはどうかという意見が出ていたが,それに沿って意見を提出すればいいのか,この素案のままでいいのか。

 

シュペネマン副部会長

  部会として家庭,学校,地域という3本の柱を立てるという提案をするかどうか。

 

山本委員

  明解な柱の立て方の一例として,これからの10年で学校をどう改革しなければならないか,何をやろうとしているのか,突きつめて考える場合に具体的な分かりやすいテーマが必要ということで申し上げたのであって,そのまま柱にしていただく必要はない。ともすれば最初からこの3つがどういう関係を持てばいいかという議論になりがちだが,関係論に入る前に,家庭や学校,地域がそれぞれどうあるべきかという問題提起があってもいいのではないかという趣旨で申し上げた。今の段階でこれを柱に再整理し直すことは難しいかもしれない。

 

シュペネマン副部会長

  このままでは柱がないのは事実なので,できれば各委員で家庭,学校,地域という3つの柱に沿ってこのように考えてはどうかという案をつくり,事務局に提出していただければありがたい。

  それでは,本日はこれで閉会としたい。

 

 

3 閉 会

 

 

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