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京都市の基本構想・基本計画(資料編)/京都市基本構想等審議会/第5回 福祉・保健部会

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2001年2月1日

21世紀・京都のグランドビジョン 京都市基本構想等審議会 記録/第5回 福祉・保健部会

日 時 : 平成11年6月29日(火) 午前10時~12時

 

場 所 : 京都ロイヤルホテル「青雲の間」

 

議 事 : 京都市基本構想(第1次案)について

 

出席者 : 

乾   亨(右京区基本計画策定懇談会座長,立命館大学産業社会学部教授) 

北村よしえ(京都市精神障害者家族会連絡協議会会長) 

玄武 淑子(京都市老人クラブ連合会会長) 

小林 達弥(市民公募委員) 

竹下 義樹(京都市身体障害者団体連合会副会長) 

中原 俊隆(京都大学大学院医学研究科教授)

◎浜岡 政好(佛教大学社会学部長) 

浜田きよ子(高齢生活研究所代表) 

宮下れい子(市民公募委員) 

森田 久男(北区基本計画策定懇談会座長,元佛教大学教授)   

横田 耕三(京都府医師会会長)

○渡邊 能行(京都府立医科大学付属脳・血管系老化研究センター教授) 

薦田 守弘(京都市副市長)                               

 

以上13名 

◎…部会長     (50音順/敬称略) 

○…副部会長  

 

 

1 開会 

浜岡部会長

  第5回「福祉・保健部会」を開催させていただく。  

 

 

2 議事

○ 京都市基本構想(第1次案)について

浜岡部会長

  本日は起草委員会で取りまとめた基本構想第1次案についてご審議いただく。資料2は各部会で基本構想にかかわる意見を整理したもので,これらが十分第1次案に盛り込めているかどうかも含め,この部会として足りない点や補強したほうがいい点をご指摘いただき,この部分をこういう形に直してはどうか,こういう文章を付け加えてはどうかというご意見をいただきたい。

  資料3として,パブリックコメントについての資料を配布しているが,第1次案を要約した素案を市民に公開し,最終的に基本構想をまとめていく場合の参考意見としたい。他の部会での議論やパブリックコメントを通じて集まった意見を起草委員会で集約して,第2次案を作成し,再度部会で議論することになる。

  最初に第1次案について,簡単に作成の経緯や内容について説明させていただく。

  前文は,京都市のこれまでの様々な基本構想や基本計画を振り返り,さらにどういう新しい課題が付け加わっているのかということに触れられている。とくに起草委員会では基本構想の主体をどう考えるかが議論され,市民を主体に据えた表現にしたいということで,「わたしたち京都市民は」を主語にした。そのため,「市民参加」という言葉が市民に主体をおいた「市政への参加」という表現に変わっている。

  第1章では,京都がどういうまちの姿を目指すのか,どういう課題が出てきているかを示している。第1節は,世界史的な大きな時代の転換の中でどういう課題があるかを叙述している。第2節では,歴史的に京都の市民がどういう形でまちづくりを担ってきたかについて,とくに対案を示すことのできる独自性を持つというところに強調点を置いて書かれている。第3節はそれを内容的に展開した部分で,時代の課題との関係で,新しい成熟した都市文化の形成を担う力が京都市民の中にあることを「得意わざ」という表現の中に盛り込んでいる。第4節は京都に住んでいる人だけでなく,京都を訪れた人,京都で働いている人の力を含めて新しいまちのあり方をつくっていく,先進的なまちづくりを進めていくということである。また,「情報資源」という表現で,そうしたものを磨いていくことが提起されている。

  第2章は具体的に,こういうくらし方がしたい,こういうまちのあり方を望むということを叙述している。2月の総会の段階では「産業の振興」は節として独立した扱いになっていなかったが,その後の議論を踏まえ節として起こした。第1節は目指すべきまちのあり方とくらしのあり方を示している。第2節にはこの部会に直接かかわる部分が含まれているが,「障害のある人」「障害者」という言葉が表現として適切であるかどうか,この部会で意見をいただきたいという起草委員会からの要請がある。

  第3節では新しい産業のあり方が京都から発信できないか,とくに環境問題に配慮した京都独自の産業のしくみを模索できないかということが提案されている。産業というと第2次産業のイメージが強いが,もっと広く考えたいということと環境との調和が強調されている。「伝統産業から先端技術産業まで,農林業から観光産業,サービス産業まで」というように全部盛り込んだために文章が膨らみすぎているところがある。

  第4節では,京都の歴史的資産の持つ意味を押さえ,加えて情報通信ネットワークといった新しい情報化の課題をどう取り込んでいくか,担い手としての市民をどうサポートし,育てていくかという課題が書かれている。

  第3章は市政への積極的参加をうたっている。市民が京都のまちづくりにどう積極的に関与するか,市政参加としても先進的なものを打ち出せないかということだ。第1節では,議会制民主主義や選挙により市長を選ぶというやり方と,それ以外の形で市民が市政に参加していくしくみを,具体的にどう市民と行政が協力しながらつくり上げていくかという考え方のベースが書かれている。市民と行政の間で信頼関係をつくり上げ,負担の問題も含めてどう市民の市政への積極的参加がつくり上げられるかが書かれている。

  第2節では,これまでの伝統的自治のしくみとNPOなどの新しい市民活動を同時に生かしながら,参加のしくみをうまくつくり上げていくということで,住民投票など新しい動きがあるが,様々な形で市民参加のあり方を具体的に創造していく必要があるということが提起されている。また,情報化を生かしたやりとりも強める必要があるということに触れられている。

  第3節では参加のしくみを具体的につくり上げることも含め,市政参加の新しいあり方をつくっていけないかということがうたわれている。

  それでは,まず前文と第1章についてご意見をいただきたい。

 

玄武委員

  「京都市民の得意わざ」のところで「改めてふりかえっておけば」とあるが,「改めてふりかえってみれば」にしたほうがいいのではないか。

 

乾委員

  都市の中に人が住むことが大事で,とりわけ京都の場合はまちの中に人が住んで支え合う,安心してくらすということが重要だ。「都市のすがた」を語るなら,京都は都市の中に人がいきいきとくらし続けてきたまちだということを再認識し,それを継承・発展させていくというニュアンスが必要ではないか。第2章に入れてもいいのかもしれない。「住み続けられるまち」が,高齢者や障害者,それ以外の人にとっても大事だということに言及できないか。

 

浜岡部会長

  具体的には「得意わざ」に入れるのか。在住する人が文化をつくっていくという表現とあわせて第4節に入るかもしれない。

 

乾委員

  「都市に人が住み続けることによっていきいきとしたくらしの文化を守り育ててきた伝統がある」という表現が入ればいい。

 

森田委員

  第1章は肯定的に書かれ,市民の先進性や文化,歴史,伝統の蓄積については書かれているとおりだが,一方で,京都市民の閉鎖性,よそもの意識や「一見さんお断わり」というようなマイナス面を克服すべきものとして挙げなくていいのか。京都のまちの中には道路標示が少なく,歩いてどこかへ行く人に対する配慮が足りない。豊かな自然と言うが,三山を実際に歩くとひどい不法投棄がある。景観保全にしても,まち全体についての京都市民の美的感覚はたいへん貧しいのではないか。汚い看板や町並みの調和を乱す家の構造など,京都のまちは一部を除けば相当醜いまちだと思う。そういう点をどこかで取り上げ,克服すべき問題として自覚しなくていいのか。

 

浜岡委員

  盛り込むとすればどこか。

 

森田委員

  第2節の「京都市民の姿勢」と関係するのではないか。

 

中原委員

  例えば京都には「丸太町駅」が地下鉄と京阪電鉄の2つあり,かなり離れた距離にあり歩いていけない。阪急の四条烏丸駅と地下鉄の烏丸駅が連絡していることも分からない。観光都市でありながらそういうことがまかり通っているのが不思議だ。京都の観光が斜陽化しているのはそういうことも一因ではないか。「得意わざ」というが,独善的で自画自賛だ。この案では反省の視点が欠けており,どこを改善していくのかが分からない。

 

浜岡部会長

  第1章の第2節以降のどこかで,誇るべき点だけでなく反省すべき点を押さえておく必要がある。

 

渡邊副部会長

  「うごめいている」などという文学的表現はいいが,全体的に表現に溺れすぎていて率直性がない。個々の文章で言われていることは納得できるが,その裏にある課題が明示されていないので分かりにくい。市民に対して率直な表現がなぜできないのか。もっとダイレクトにいい点,悪い点を書くという姿勢が必要ではないか。

 

小林委員

  そういう意味では,「得意わざ」という言葉も情緒的な感じがする。

  得意な点の部分で「もてなしの心」や「宗教的癒(いや)しの文化」のことが書かれているが,「かど掃き」の文化のような京都のコミュニケーションの文化についても書き加えていただきたい。

 

乾委員

  この部分では京都というと誰もが思いつくようなステレオタイプ化された話が書かれているが,それはこういうものを書くときの常套手段なので仕方がない。

  前文の部分で,「京都は一色ではない」ということを書いてほしい。京都には都市文化もあれば農村文化もあり,ハイカラなまちもあれば下町もあり,工場地帯もあるという状況が見えてこない。どこまで書くかという問題はあるが,京都は多様な顔を持ち多様な人が住んでいるところだということと同時に,だからこそ区レベルの基本計画策定を同時に進め,それぞれの持つ力をそれぞれの形で生かしていく姿勢を示しているのだということを,前文で書いていただきたい。

 

浜岡部会長

  続いて,具体的施策にもつながる第2章についてご意見をいただきたい。

 

渡邊副部会長

  第2節の最初の部分で,「市民ひとりひとりが安心してくらせるような社会をめざす」と書いて,「それはこのような社会である」という表現は分かりにくい。どうして「こういう社会をわたしたちはめざす」と書かないのか。

  同じことが以下の部分にも言える。「(1)人権の尊重」は文末が「さらに発展させていく」となっていてまだ分かりやすいが,「(2)健康と福祉」は「…している社会である」で終わっていて,章のはじめの「わたしたち京都市民は…このような社会をめざす」のところまで戻らないと分からない。「(3)安全と環境保全」は文末が「実現する」となっているので分かる。

  内容については,「(3)安全と環境保全」の部分で,環境保全は健康を守るために必要だという大事なことが書かれていない。この部分は本部会からすると問題が多い。

 

竹下委員

  第3節に書かれてある山麓部,市街地,南部というゾーン的発想でいいのか。とくに福祉を考えると強い疑問を持つ。京都市も西のほうに福祉ゾーンを整備してきたが,山奥に施設をつくって「地域に開かれた」とは言えない。福祉を地域というキーワード,ノーマライゼーションなどの概念と結びつけるとき,1つのブロックゾーンで固めてしまうことは21世紀に目指すべき方向ではないのではないか。地域を分けることが前提的に書かれているが,福祉を考えるときにも同じような考え方になるのではないか心配だ。

  第4節の最終段落で,「そして私的利害のせめぎあう空間ではなく」と否定しておいて,「公共精神の息づいた空間をつくりあげていく」とある。私的利害の調整をするところが「公共」であるはずだ。この部分ではエゴ的なものを否定しようとしているが,それがなければ活力は生まれない。個性と言いながら,「公共精神」という言葉で活力を奪われてしまいそうな不安を覚える。

 

乾委員

  竹下委員のご意見と関連して,第2節のところで,(2)(3)にかかわって,地域をベースにする,コミュニティベースというスタンスが非常に大事だ。地域ごとということと,市全体で進めるべき制度や補助の充実の2つが追求されなければならないことを強調しておくべきだ。(3)の後に(4)として,地域ベースの話を受けて「なじみの環境の中で人が安心して住み続けられるようなまちを目指す」というストーリーになるのではないか。

 

宮下委員

  「環境への負担が少ない」という表現は分かりにくい。「環境にやさしい」といった表現にしたほうがいいのではないか。

  他の部分に書かれているのでいいのかもしれないが,「(3)安全と環境保全」に産業廃棄物やリサイクル問題も入れたほうがいいのではないか。

 

浜岡部会長

  この部分ではもともと「負荷」という言葉が使われていたが,それではストレートすぎて受けとめにくいということで「負担」という表現になった。「やさしい」というようにやわらかい表現を使うと,かえって問題が見えなくなる,率直でなくなるというご意見もあると思う。

  ゾーンの考え方については,これまでの都市計画でのゾーン的発想を踏まえて書かれているわけだが,本部会としてそうでなければどういうあり方を提起すればいいのか。

 

竹下委員

  自然保持のゾーン,調和のゾーン,開発のゾーンといった大きなゾーンの中に地域があり,その地域の中ではノーマライゼーションという形での混合があるのだろう。アメリカのバークレーは障害者の運動のメッカのようなところだが,学生のまちでもあり,都市全体が運動の盛り上がりのあるまちという感じがある。フィラデルフィアにも多くの福祉施設があるが,アメリカの最初の開拓地でもあり,福祉が根付いていて,歴史的ゾーンの中にアメリカ最古の盲学校があったりする。特徴を持った地域は必要だが,その中にも住民の生活があり,そこから必要とされる機能があるということをうまく表現できないか。

 

乾委員

  産業振興の部分に書かれていることが適当かどうか分からないが,3つのゾーン分けの大きな方向は認めたうえで,地域のことはそれぞれの地域ごとに選択すべきであり,そこに住む市民一人ひとりが選び出すべきであるということを明示すべきだ。だからこそ区レベルでの総合計画づくりや市民参加が必要なのだということにつなげておく必要がある。

  もう1つは,第3節の最終段落で「市域を越えて,関西のなか,世界のなかの京都」とあるが,それを念頭におきつつも,「地域ごと,市民ひとりひとりの参加のもとに構築されなければならない」というように再度地域の話に戻るべきではないか。

 

浜岡部会長

  地域ベースの話を最後に押さえるほうがいいということか。

 

乾委員

  地域エゴにならないためには全体調整や全体プランが必要だが,地域のことは地域で決められるようにしておこうということだ。

 

森田委員

  第4節の最後の段落で,「私的利害のせめぎあう空間でなく」と否定して「公共精神」と言うと押しつけがましい感じがする。ここはパブリックマインド,公共への関心,譲歩・妥協を含めて近代市民性を身につけるべきという表現にしてはどうか。

 

浜岡部会長

  私的利害を否定する表現になっているので,その上に公共精神をかぶせると市民の持つそれぞれの関心や活動を公共の名の下に押しつぶすのではないか,という受けとめられ方が出てくる可能性がある。

 

小林委員

  第2節はすべてにわたって具体的でなく中途半端な感じがする。(3)で「たとえば自動車交通に過度に依存しないような」の部分は,地下鉄やバスを指しているのか,新しい技術を利用したシステムを指しているのか。「歩くまち・京都」というのもよく分からない。

 

浜岡部会長

  この部分については起草委員会でも議論された。草案では「エネルギー使用に影響の多い自動車交通」という書き方がされていたが,エネルギーの使用効率が高い自動車交通ならいいのかという議論も出てくるので,先進的技術を生かした新しいバスや鉄道などいろいろなものを組み合わせた交通システムという意味で,こういう表現になった。

  「歩くまち・京都」について,「歩けるまち」とか「歩くことが楽しいまち」という表現があがったが,この表記が京都市のキャッチフレーズとして市民に定着しているのであれば,それを生かそうということになった。

 

乾委員

  文学的表現が多く,とくに第2章が分かりにくい。第2節で「つつましやかだが満ち足りたくらし」とあるが,「足るを知る」という言葉を思い出す。この言葉はこの部分になくてもいいのではないか。

  第4節の「市民文化の成熟にはまた」以降の部分を読むと,こういう人でないと京都市民であってはならないのかという気がする。普通の人が普通にくらしていけるまちのほうがいい。とりわけ「気概」や「気品」といううたい上げの文句が鼻につく。「成熟社会の楽しさを市民一人ひとりが共有できるとき」という程度の表現でいいのではないか。

  「私的利害のせめぎあう空間でなく」の部分も,「一人ひとりの思いや活動を大切にしながらも,共生できる空間をつくり上げていることの大切さ」というくらいの表現でいい。「都市の気品」は「都市文化」,「守るべき伝統文化」は「学ぶに足る伝統文化」という表現でいいのではないか。

 

浜田委員

  第2章の第1節で,「(1)すべてのひとがいきいきと生きられるまち」の最初の部分に,「子どもや高齢者」という年代の問題と,「障害のあるひともないひとも」という障害者の記述はあるが,外国人に関する記述がない。冒頭でなく終わりに出てくるため,外国人や長期滞在者が一緒にくらすというより訪れた人,働いている人というように書かれていると感じるのかもしれない。国際性や多様な文化を生きるということを,冒頭の部分で国籍の問題も含めて書くべきではないか。

  「(3)住むひとが美しいまち」で,「まちの美しさは景観の美しさだけをさすものではない」とあるが,まちの美しさは景観の美しさであって,「歴史的風土や自然環境と調和した町並みの美しさと,そこに住む人の表情の美しさ」を景観と呼んでいいと思う。景観はどういうものかということについての議論が本来は必要ではないか。

  「(2)健康と福祉」で「病に安心して対応できる社会」とあるが,対応だけでなく,できれば予防的なことも書いてはどうか。デンマークで課題となっているような,その人らしい価値観を持ち続けながら,より一層健康を維持し生きられるという趣旨を入れればどうか。

  第2節には「安らいだ気持ち」「安らいだ気分」とあるが,「安らいだ」という言葉がいいのかどうか。そういう気分で生活をおくることについてもいろいろな意見があると思う。健康と福祉の部分はもう少し本部会で中身を練り直してもいいくらいだ。

  具体的な対案はないが,「安らいだ気分」というと押しつけがましい気がする。もう少しいろんな多様性を認められる表現にしたほうがいいのではないか。「安らいだ気持ち」と「安心」は重複しているような気がするが,そういう雰囲気が全般に表れているのを考え直すべきではないか。

  「病に安心して対応できる」,「働きながら療養も受けられる」,「確実に社会復帰できる」と書かれているが,病気になってからの対応だけでいいのか。そうならないようなシステムを考えていくことが必要ではないか。

 

渡邊副部会長

  疾病の予防の5段階のうち3次予防以降の医療そのものとリハビリだけで,1次と2次の部分である発生の予防が抜けている。1次予防としての健康教育など教育的支援と,環境保全など環境的な支援の両方が,健康を保持増進していくためのベースであるのにもかかわらず,そのベーシックな部分が欠落している。

 

浜田委員

  そのことと病を持っている人がその状態で疎外されないということの両方をきちんと明記しないと,ニュアンスとしては問題がある。

 

浜岡部会長

  第2章についてはたくさんご意見をいただいた。共通して出たご意見としては,地域のあり方をどう考えるかということがある。ゾーンの考え方を認めるにしても,地域の人が自分たちでまちの特徴等を踏まえてそれを決定しつくり上げていくべきではないか,また,どの地域に住んでも住み続けられるという,地域をベースにしたくらしのあり方を大切にすべきではないかといったご意見が出た。

  健康と福祉については,健康と福祉のシステムをどうつくるかということで,地域を大切にしなければならないというご意見や,病んだり障害を持ったときにどう支えるかだけでなく,そうならないための施策をきちんと押さえるべきだというご意見があった。

  そのほか,市民文化の成熟のところで,こうありたいという部分が普通の市民には手が届きにくいというご意見が出た。公共性のあり方についても,市民の日常のさまざまな利害とかけ離れたところでつくられるのではなく,そういった市民一人ひとりの利害を大切にしながら,それを調整していく市民自身の力と合わせて公共性ができ上がっていくのではないかというご意見が出た。また,外国人や長期滞在者についての記述を前にもってきて,そういった人を含めすべての人がいきいきと生きられるまちのあり方を描くべきだというご意見も出た。

  それでは,引き続き第3章のご意見をいただきたい。

 

竹下委員

  「市民として」という言葉と「住民として」という言葉の使い分けはされているのか。「市民が住民として」という表現もある。

 

浜岡部会長

  「住民」という言葉を使うと,そこに住んでいるというところにアクセントがあるように思うが,意図的に使い分けられてはいないように思う。

 

横田委員

  p.10の「負担を軽減する機会をもつことが認められる」とはどういう意味か。税金を増やすといった意味でなく,市民が市政に参加するという意味での負担なのか。

 

乾委員

  その前の部分にある「市政の負担をともにみずからも引き受ける」の「負担」とは意味が違うのではないか。この部分での負担は汗を流すと税金が減るとか,無用なところに税金を使わない状況をつくり出すという意味での負担だと解釈できるが,表現が混ざっていて分かりにくい。

 

渡邊副部会長

  地方分権するうえで税の決定を地方ですべきだ,税の取扱いを地方政府に下ろし,地方で負担も決めればいいということが根底にあってこういう表現が出てきたのではないか。

 

横田委員

  それなら「財政配分への決定の参加」だけでいい。

 

小林委員

  市民公募委員としてこの審議会に参加しているが,第3章については市民として感銘を受けた。議会制民主主義について書かれているが,市会議員にもっと考えていただいたほうがいいのか,私たちが考えなければならないのかということを,ふくらみをもって書いていただければより分かりやすくなるのではないか。

  NPOをはじめとする新しい市民参加についても書かれており,一市民としてはたいへんいい章だと思う。

 

竹下委員

  第3節の第2段落で「より客観的視点から」という表現があるが,市民が出す意見は主観的だと言っているようにも取れる。「総合的」としたほうが一般的なのではないか。

  「意思決定への参加」という表現と「意見を訊く」という表現が出てくるが,主体と対象をもう少しうまく書けないか。

 

浜岡部会長

  行政の役割について叙述してある部分で,「客観的」という表現が気になるというご意見だが,必ずしも市民の出す意見が主観的ということではなく,市民からはいろいろ違う意見が出てくるが,それぞれ根拠があって出てくるわけで,それらがうまくいくようにどう調整するかという趣旨だ。「客観的」を他の言葉に変えるべきかどうかご意見をいただきたい。

 

横田委員

  「客観的」でいいのではないか。総会で「地域エゴが大事だ」という発言があったが,気軽に意見を言えればいいというのが前提にあると思う。

 

渡邊副部会長

  「住民」と「市民」の使い分けについては,「地域社会」という言葉が先ほどから出ているが,「住民」を「地域社会の一員として」という表現にしたほうがいいのではないか。

 

浜岡部会長

  「市民」は京都市に住んでいる人,「住民」はコミュニティレベルで生きている人と整理したほうがいい。後者の場合は「地域社会の一員」という表現に直したほうが分かりやすいというご意見だ。

 

乾委員

  意見聴取と決定への参加は明確に異なる。第1節では「重要な意思決定に参加する権利をもち」と書かれているのに,第2節にはそれに対応する表現がない。フィードバックのしくみや委員の公募等いろんな方法が書かれているが,このあたりに決定への参加,地域のことは地域で,自分たちのことは自分たちで決めるのだということをきちんと書いておくべきだ。

 

浜岡部会長

  「地域ごとの課題に応じたさまざまな規模のきめ細かな参加」というあたりに抽象的には触れられているが,市政への参加という形でもう少し一般的に表現したほうがいいということか。

 

乾委員

  意見を訊(き)かなければならないということと,そのために情報公開をしなければならないということは書かれているが,「決定への参加」という言葉がない。第1節にあるのだから,ここでもきちんと書いたほうがすっきりするのではないか。

 

浜岡部会長

  第2節で触れるとすればどういう触れ方になるのか。第1節で触れたので,ここでは参加のしくみに特化した表現にしてあるとも考えられる。

 

乾委員

  「たとえば」以下のパラグラフに「重要な意思決定に参加するしくみをつくり」という一文を入れておくといいのではないか。

 

竹下委員

  「障害者」という言葉の問題で,京都市が「障害をもった人々」とか「障害をもった市民」という言葉を使って,独自のニーズを持った市民という定義をしようとしているのはすばらしいが,この言葉は定義が非常に動いているのであまりこだわらないほうがいい。国で障害者基本法をつくったときも,結論は出なかった。難病者と障害者の区別をどうするのかということも結論は出ていない。国際的にも国際障害者年以来の議論の中で,障害者の3つの概念を見直す動きがある。「障害者」という言葉でいいのではないか。

 

北村よしえ委員

  障害者が自身を障害者として認めて,それを乗り越えていってこそ世界が開けるという意味で,「障害者」という言葉でいいと思う。

 

横田委員

  最後の段落で「先進都市として,それにふさわしい市政参加のしくみとかたちを整えていく」とあるが,審議会として答申するのだから「整えていく必要がある」のほうがいいのではないか。

 

宮下委員

  先ほどの議論に戻るが,健康な者でもいつ障害を持つ身になるか分からないのだから,「障害者」より「障害のあるひと」という表現のほうがいいと思う。

 

浜岡部会長

  現在は「障害のあるひと」「障害者」という両方の表現が使われているが,表記により意味に違いがあるのか。

 

竹下委員

  「高齢者」という言葉にしても,早死にしない限りだれもが必然的に高齢者になる。「健常者」に対して「障害者」という言葉がよくないという議論もあるが,「者」を「ひと」におきかえることに何か意味を持たせようとするなら,きちんと議論しておかなければならない。表現がやわらかくなるということで「障害のあるひと」を使うのであればあえて反対はしないが,通常は「障害者」が使われている。「障害をもったひと」も「障害のあるひと」も「障害者」も表現として差はないと思う。

 

宮下委員

  障害を持つ子供は自分は普通だという意識を持っており,「障害者」だとは思っていない。

 

竹下委員

  本人の意識を言葉に表現するとなると,議論を整理する必要がある。京都市が障害のある市民,障害のある人々という言い方をしているのは,障害者も市民だということを位置付けようとしているように思う。最近「障害ゆえに特別のニーズを持った市民や国民」という概念をつくり出そうとしているが,それを言葉で表現するのは日本の場合難しい。英語の場合は場面ごとに言葉が違う。社会的不利益は「ハンディキャップ」,障害者に対するサービスや何を補っていくかを表現するときは「ディスアビリティ」,医学的に考えるときにはまた別の言葉が使われる。日本の場合,それら全部を表現できる言葉として「障害者」がふさわしいと思う。

 

渡邊副部会長

  この部分は最初の草稿では「ハンディキャップのある人」という言葉になっていたので,「障害のある人」という言葉に変えていただいた。「障害者」という言葉を使い,前後に文章で書き加えたほうが,率直に書くという意味ではいいのではないか。言葉を弄(ろう)することで何を言いたいのか分からなくなっては何にもならない。言いたいことを分かってもらう,読んだ人が理解できるという意味で,表現としてはっきりすることに主眼をおいたほうがいい。

  全体的に今回の案は言葉を弄(ろう)しすぎている印象がある。これを読んだ市民に本当に理解してもらえるのか疑問だ。個々の文章で書かれていることには深い意味があり,各部会で議論したことが入っていることは理解できるが,視点として今後京都市が何を大事にしていくのかが分かりにくい。それがこの第1次案の最大の欠陥だと思う。

  大阪府の「21世紀の大阪を考える委員会」の議論では,例えば職住近接で地域社会にいろいろな混ざりものが入っているほうが21世紀の都市像としてはいいという「混ぜの思想」や,個人の問題をみんなの問題としてともに共有し,社会として対応していこうという「社会化」など,いろいろな価値観や方法論の視点を出す努力をしてきた。この基本構想はどこがポイントかが分かりにくい。目次を見ると「市政参加」かと思うが,それだけなのか。

 

北村よしえ委員

  先に「障害者」という言葉でいいと申し上げたのは,言葉にこだわると際限がなくなるからだ。基本的には障害者が障害者であるという自覚と責任を持たなければならないと考えている。

 

浜岡部会長

  起草委員会では,「障害」という言葉についてはいろいろ議論があるので,この言葉を使うかどうかこの部会に諮ってほしいということだった。宮下委員のご意見は「障害のあるひとびと」としてはどうかというご意見であり,「障害」という言葉は使ってもいいように思う。現在は「障害のあるひとびと」「障害者」という2通りの表記がされているが,「障害」という言葉を使うことに問題がなければ表現としてはこれでいいということで起草委員会に報告したい。

  先ほど渡邊委員から全体を通じてのご意見があったが,全体を通じて言っておきたいことがあればうかがいたい。

 

横田委員

  第1章第3節の「得意わざ」は「特性」のほうがいいのではないか。また,第2段落の最後にいきなり「福祉への取り組みにおいても」と出てくると取ってつけたような印象があるので,「また一方」など何か接続詞を入れたほうがいい。

 

乾委員

  第3章で参加や情報公開について書かれているのはいいと思う。大きくは異論はないが,起草委員会でどういう議論がされたかについていくつかうかがいたい。

  まず,代議制と参加のシステムについてはさらりと書かれているが,実際は難しい問題があり,起草委員会ではどういう議論がされたのかうかがいたい。もう1つは権限移譲の話で,ヨーロッパの地区評議会や世田谷や神戸のまちづくり協議会的なものなど,意思決定への参加を進めていくと一定の権限を地域レベルに下ろしていくという話になる。そのニュアンスがどのあたりに入っているのか,そういうことについての議論がされたのかどうか。もう1点は条例によってそれを保障していくという議論がされたのかどうか。「しくみ」や「多様な方式」という表現に含まれているのだと思うが,そのあたりでどういう議論があったのかお聞きしたい。

 

浜岡部会長

  代議制の問題については,住民投票など住民の市政への参加を具体的に保障するものと代議制とをどう調整すればいいのかが議論され,代議制との関係をすっきりさせておくべきだということでこういう表記が盛り込まれた経緯がある。いろんなチャンネルがあって市政への参加が実現されるということで,最近は住民の直接参加の部分のみが注目される傾向にあるが,改めて代議制の問題についても記述した。

  権限移譲の問題については,区をどう考えるかという議論はあったが,具体的な権限移譲についての議論はなかった。「地域ごとの課題に応じたさまざまな規模のきめ細かな参加など,多様な方式」の部分に抽象的に書かれているが,実際にどうするかの記述はない。

  条例によってどう保障するかの議論は起草委員会ではなかった。

  本日ご発言いただけなかったご意見については,メモにして7月1日までに事務局にお出しいただきたい。できるだけ第2次案に反映するよう努力したいが,第1次案には全体のトーンがあり,一部分だけがらっと変えることは難しい。他の部会からのご意見もあわせて,起草委員会で第2次案をつくり,さらに部会でご議論いただくことになる。

  計画につながるご意見についても今後つめていくことになる。この部会としても基本計画に向けて論点整理を行い,基本計画に何を持ち込むかの議論に移っていきたい。

 

横田委員

  次回は第2次案についての議論をした後になるが,基本計画に向けての論点整理を十分できるのか。

 

浜岡部会長

  一回で議論できなければ別途日程を設定することも考えたい。

  それでは本日はこれで閉会としたい。

 

 

3 閉 会

 

 

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電話:075-222-3035

ファックス:075-213-1066

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