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京都市の基本構想・基本計画(資料編)/課題から見る京都 1.京都市の現況

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2001年2月1日

課題から見る京都

I. 京都市の現況 

  1. 位置と市域
  2. 地 勢
  3. 土地利用
  4. 人口-進む人口減少、高齢化、少子化
  5. 産業-伸び悩む産業
  6. 暮らし-地域社会の弱体化、家族の小規模化、多い老朽木造住宅
  7. 交通-交通環境の悪化
  8. 環境-山紫水明都市の維持
  9. 文化-文化求心力の低下、大学の市外流出
  10. 景観-京都らしい景観の変貌

 

II. 京都のまちの歩み
  1. 平安京の造営
  2. 町衆の誕生と活躍
  3. 京都の大改造
  4. 近世の京都
  5. 明治の遷都と都市近代化
  6. 戦後のまちづくり

 

1.京都市の現況

(1) 位置と市域

[位置]
 京都市は、東経135度、北緯35度に位置する。首都東京の西方約 370km、大阪の東北方向約45kmにあり、日本最大級の内陸都市である。
[市域]
 市としての京都市は1889年に誕生した。このときの市域 面積は約30平方kmであった。その後、周辺市町村を編入して、 市域面積は拡大し、現在では約610平方kmの市域を有している。市域は11の区で構成されている。

 

 

(2) 地 勢

 京都市の主要部分は盆地地形で形成されている。この京都盆地は洪積世には湖底であった。その後この湖底が徐々に隆起し、周辺山地から流出する河川の堆積作用で台地状の盆地が形成されたと推定されている。
 盆地の東側は比叡山と東山連峰があり、西側と北側には愛宕山や北山連峰がそびえている。西の山々は保津川をはさんで嵯峨・嵐山の山渓を形成している。南は大阪平野に向かって開けている。すなわち、三方を山々で囲まれ、南に開けた地形となっている。この盆地の中央を北から南に向けて鴨川、桂川の清流が流れている。
 周辺の山々とこの川によって形づくられる地形は、古来より「山紫水明」の都として親しまれてきた。そのいっぽうで京都を内陸都市として性格づけ、市街地形成、交通や環境分野での制約を与えてきた。

 

 

(3) 土地利用

 三方を山に囲まれていることから、全市域の約60%が山林である。都市近郊に身近な自然が豊かである。また約10%が田畑で、都市内および都市周辺に田園風景もみられる。住宅地は約20%を占めている。
 山林は主に市域北部と西部に多く、田畑は西部と南部で比率が高い。住宅地は中心部と南部、東部で比率が高い。

 

 (コラム)京都の気候

 温帯多雨気候に属していて、四季がはっきりしている。年平均気温は約15度だが、夏には40度の暑い日もあり、冬には零下のときもある。年間降水量は1,400mm前後で降水量は多い。日本独特の梅雨期(6月)には大量の雨が降り、冬には時として20cm程度の積雪もみられる。春秋は過ごしやすいが、盆地地形も影響して夏は概して蒸し暑く、冬は「京の底冷え」といわれるように冷え込む。
 しかし、このように多様で細やかな京都の気候と風土は、日本人の季節感や風土観、ひいては自然に対する美意識の源泉となっている。移り行く季節の中で、「花鳥風月」や「雪月花」を愛で、訪れる季節を迎え、去りゆく季節を惜しむ数々の行事や祭事が京都ではみられる。

 

 

(4) 人口-進む人口減少、高齢化、少子化

人口の趨勢

 1995年時点の京都市の人口は約146万人である。趨勢では微減傾向にある。減少の主な原因は、転出超過と少子化傾向に求められる。このままの傾向がつづけば、2025年には、京都市の人口は118万人になると推計される。
 このことは新規の都市基盤整備の財政需要を大きく低下させる一方、労働力人口の減少を通じて都市の経済活力を低下させることになる。常住人口規模によらない都市活力の創造が課題である。
 また2025年には高齢者(65歳以上)人口比率は現在の約2倍の約 27%となると推定される。つまりこの時期、京都市人口の4人に1人が高齢者であり、超高齢化社会となる。高齢化は、日本社会全体の傾向であるが、京都市ではこの傾向が他の大都市に先行している。
 高齢者比率の増大は、高齢者福祉負担などの社会負担の増大をもたらすと予想される。

 

人口の分布

 区別では、南部の伏見区がもっとも人口が多く、これに西部の右京区、北東部の左京区がつづいている。しかしこれらの各区では人口密度は概して低い。市街地中心部の上・中・下京区は人口規模は小さいが、人口密度は高い。
 すなわち人口の多くは市周辺部に分布しているが、都心部にも多くの人が住んでいる。
 この点で京都の都心は、業務機能や商業機能に特化し居住人口が少ない日本の他の多くの大都市とは異なる。しかし近年この都心居住人口も減少しつつある。

 

 (コラム)都心の空洞化

都心4区の常住人口と事業所の減少が著しい。もともと京都では、都心に多様な事業所が立地し、同時に常住人口も多く、職住近接あるいは職住一致がみられた。ここで暮らす市民は京都らしい生活文化やコミュニティを形成してきた。と同時に伝統的な低層高密度建造物によって、独特の景観が維持されてきた。しかし近年の常住人口と事業所の両方の減少、流出によって都心部における職住近接、職住一致が失われつつあり、小学校の一部は閉校になり、独特の景観も変貌しつつある。
 人口や事業所の減少、流出の原因は地価の高騰、住居の老朽化、あるいは都心での業務を支えてきた伝統的繊維産業(西陣織)の衰退などに求められる。
 アンケート調査等では、市民の都心居住意向は高い。都心部の伝統的住居(町家)や古い木造住宅が密集する袋路の再生、都心部での商業の振興、伝統的産業の存続、あるいは都心部に立地可能な高付加価値型産業の創出や育成、都心居住の推進、小学校跡地の有効利用などによる京都らしい魅力ある都心部の再生が課題である。

 

 

(5) 産業-伸び悩む産業

市内総生産

 京都市の市内総生産は、かつて日本の大都市中第5位であったが、現在その順位は下位になっている。
 京都は歴史都市・文化都市のイメージが強いが、近年では、電子部品や制御機器など様々な分野でベンチャー企業が生まれ、製造業が市内総生産に占める割合の高い「ものづくり都市」である。
 近年の京都の産業の伸び悩みは主にこの製造業の低迷に起因する。かつての主力産業である繊維産業の伸びが低く、製造業全体の付加価値率も低迷している。また新規開業率も全国平均より低く、次代の京都産業を支える産業が育っていないともいえる。
 総じて、都市活力の基盤となる産業の振興は大きな課題である。

 

産業構造

 事業所比率、従業者比率では、卸・小売業・飲食店、サービス業を中心に3次産業の比率がきわめて高い。市内総生産の比率でみると、やはり3次産業の比率が高いが、事業所・従業者比率に比べて、製造業の比率が相対的に高くなっている。

 

製造業

 京都市は、歴史的にみて日本最大の製造業都市(ものづくり都市)であった。現在、市内総生産に占めるその比率は減少しているが、それでも製造業の比率が高い都市である。
 製造業の内訳は、製造品出荷額でみれば機械器具が高い比率となっている。京都の製造業を歴史的に支えてきたのは繊維産業であった。事業所数ではいまなおその数は圧倒的に多く、従業者数でも機械産業に次いで多い。しかし製造品出荷額では下位に位置している。
 京都の最近の経済成長は、機械器具が支えてきたが、その成長が鈍化し、京都市全体の製造業の成長の鈍化に影響を与えている。
 また少人数の事業所が多いことも京都市の製造業の特色である。さらに、京都市では、伝統的な和装産業をはじめ、分析機器等の精密機械器具や半導体素子、蓄電池などの電気機械器具などの分野で、高い全国シェアを誇るユニークな企業も多い。

 

工場の市外・国外流出

 工場の市外流出がつづいている。また1980年代からは生産拠点をアジア等海外に移す企業が多くなっている。
 こうした傾向は、都市活力の維持に困難をきたし、市民にとって雇用の場の減少をもたらす。

 

 (コラム)京都の伝統的産業
 長いあいだ都としての地位を保ってきた京都には、伝統的な産業が数多く残っている。これらの主要工程は手工業的で、伝統的な技術・技法で製造される工芸品である。製造規模は西陣織(年間生産額約1400億円)のように大きなものから、少数の職人によって維持されているものまで様々である。
 京都には約70品目の伝統的工芸品産業があるが、その主なものは以下のようなものである。
 西陣織 京友禅 京鹿の子絞 京小紋 京繍 京くみひも 京仏具 京仏壇 京漆器 京指物 京焼・清水焼 京扇子 京うちわ 京黒紋付染 京石工芸品京人形

 

商 業

 小売業における年間商品販売額は順調に増加し、従業員数も概ね増加傾向にある。しかし商店数は1982年以降減少傾向にある。
 大型店舗の面積シェアは、大都市の中でも低いが、現在出店を予定している店舗面積を加えると、他都市と同水準になる。これまで地域の生活と密着していた商店街での小売店の数が減少し、コンビニエンスストアを含む、スーパーマーケットの店舗数が増えている。
 広域都市圏における商業求心性の強化、地域の生業として、あるいは地域密着型商業としての商店街や小売店の維持・活性化が課題である。あるいは大規模店舗と小規模店舗の共存・共栄の実現が課題である。また都心部等の歴史的町並みの再活性化に商業は重要な要素と考えられる。

 

観光・コンベンション産業

 京都は、年間約4000万人(うち外国人約50万人)の観光客が訪れる一大観光都市である。その最大の理由は、京都の1200年の歴史と文化である。
 観光関連産業は市内総生産の10%以上をしめており、京都の基幹産業のひとつである。
 しかし観光客数も、ここ20年間ほど横這い状態になっている。既存の観光資源のいっそうの活用、新たな観光資源の創出、新たな観光ルートづくり、伝統産業など地元産業との組合せなどによる魅力づけなど観光産業の振興が課題となっている。
 コンベンションは都市にとって、21世紀の重要な産業のひとつとなると予想されている。国際会議開催件数において、京都はかつて東京に次ぐ地位を保っていた。しかし近年は他の大都市との競合が激しくなり、相対的にその地位は低下してきている。観光資源のよりいっそうの活用など、京都の都市魅力と結びつけ、コンベンション産業を振興していくことも課題である。

 

 (コラム)京都の商店街

 京都の商店街にはいくつかのタイプがある。都心部繁華街の四条通、河原町通といった広域圏対応のもの。このうち新京極は、細街路の両側に京都の土産物屋がたち並び、修学旅行生などで賑わう。都心部以外で対観光客に特化した商店街は、例えば清水寺のような大きな観光ポイントの門前町をなす。
 錦小路は京都の食文化を支える食品市場で、京都ならではの食材を扱う店が多く、料理店の仕入れ先になっている。
 この他に、ターミナルや生活圏ごとに商店街がみられるが、これらの多くが大型スーパーと競合関係にある。

 

情報産業・知識集約産業

 21世紀においては情報と知識が重要となると予想され、情報産業や知識集約産業は次代の都市型産業を支えるものとなるとみられる。
 しかし現状において、京都では情報サービス産業の集積は低調で、総じて伸び悩んでいる。例えば、企業の情報化をサポートする情報サービス産業が他都市に比べてきわめて少ない。
 知識集約産業を支える専門的・技術的職業従事者の比率は高いが、近年の増加率は全国の半分である。また学術・研究機関の集積は大きいが、民間研究所の立地は近年まれである。
 京都は大学が多く、研究者などの豊富な人材を生み出している。そうした特色をこの分野での産業振興へとつなげていくことが、今後の大きな課題である。

 

 

(6) 暮らし-地域社会の弱体化、家族の小規模化、多い老朽木造住宅

世 帯

 世帯数は増加傾向にある。これは単身世帯の増加など、家族の小規模化が進んでいるためである。今後は、1人世帯や2人世帯がさらに増加すると見込まれる。この傾向は、家族の扶養機能の低下をもたらす。また扶養機能や家事機能の外部サービス化を進める要因ともなる。
 また人口の高齢化によって、高齢者の1人世帯や2人世帯の増加も見込まれ、福祉サービスの需要増加につながる。

 

コミュニティ

 京都市は歴史的に自治意識の強いコミュニティによって形成されてきた。しかし地域社会での人口の減少や単独世帯の増加など、地域社会維持の担い手の減少、あるいは日常的な不在が進んでいる。その結果、防災や高齢者介護、子育て等に関する地域社会における相互扶助の基盤が失われつつある。また、地域活動参加への積極性、地域社会への帰属意識や愛着心など、市民のコミュニティ意識もかつてに比べれば希薄化しつつある。
 こうした旧来の地域社会の紐帯の弱体化は、地域福祉や地域防災システム、地域文化の維持などに大きな影響をもたらす。
 しかしいっぽうでボランティア参加意欲が高まってきており、実際にボランティア活動も活発になりつつある。こうした動きを、地域社会維持の新たな原動力として支援していくことが今後の課題である。

 

住 宅

 1住宅(一戸建て)当たりの平均延べ床面積は107㎡である。これは日本の大都市では平均的な数値である。ただ京都は第二次世界大戦の戦災をほとんど受けなかった都市であるため、戦前に建てられた古い木造住宅が多い。この木造住宅は、老朽化に伴い建替えが進み年々減少しつつあるが、その比率はいぜんとして高い。老朽木造住宅は、防災上の課題を抱えている。
 建替えにあたっては、都心部は地価が高いため共同住宅化される場合が多い。このため都心部では、低層の木造住宅とコンクリート造りの中高層マンションが混在するという景観が多くなってきている。またより広い住宅を求める市民は、郊外や市外に宅地を求める場合が多く、郊外の住宅地化が進むとともに、市外への人口流出の一因ともなっている。

 

 (コラム)祇園祭の担い手

 京都の夏を彩る祇園祭は、京都でもっとも有名な伝統的祭事のひとつである。この祇園祭は、京都の都心部の「鉾町」と呼ばれる地域社会の連合体によって運営・維持されてきた。
 毎年の祭りの遂行には多大のエネルギーを要するが、都心の人口減少によって、その遂行に支障をきたす「鉾町」もでてきている。一部の「鉾町」では、新たな住民の参加を積極的に受け入れたり、京都に数多くある大学の学生や留学生の参加を受け入れ、祭りの維持をはかっている。

 

 (コラム)袋路(ふくろじ)

 高密度に木造住宅が集積している、4m未満の行き止まりの細街路を袋路という。京都が、町組みを歴史的空間の上に積み重ねてきたことの証しのような伝統的都市空間である。ほとんど戦災にあわなかったことからも、こうした袋路が京都には数多くある。現在、都心4区だけでも約 3000~4000か所の袋路があると推定されている。上京区で行われた実態調査では、約850か所の袋路に、上京区の全世帯の14%にあたる約5000世帯が含まれている。そして上京区の場合、その80%ほどの袋路の道路幅員が2.7m未満である。
 袋路は、低層高密度住宅によって構成されるヒューマンスケールの生活空間をつくりだしており、通過交通もなく高齢者や子供たちが安心して暮らしたり遊んだりできる空間となっている。また緊密な近隣関係が保たれ、防犯性も高い。
 しかし一方で老朽木造家屋が多いにもかかわらず、建替え時期がきても現行建築法規下では接道基準を満たさないなど法的に建替えが困難で老朽化が進んでいる。また古くからの都市空間であることや借家が多いことなどから、土地が細分化され、所有関係が複雑な場合が少なくない。防災上の問題もあり、居住者の高齢化も進んでいる。
 こうした伝統的都市空間である袋路の良さを生かしながら、一方で都市環境や都市居住機能の改善をいかにしてはかるかという、袋路の再生は京都のまちづくりの大きな課題である。

 

就 業

 1995年平均の京都市の有効求人倍率は0.40ポイントであった。同年の全国レベルは0.63で、京都市の水準は全国平均を下回っている。また完全失業率も全国より高いレベルで推移しており、長引く不況のなかで1995年には過去最高の4.5%を記録した。こうした厳しい雇用情勢はここ数年続いている。なかでも高齢者の有効求人倍率はきわめて低く、就業希望者の一部しか就業できていない状況にある。
 いっぽう女性の就業率は徐々に高まりつつあり、これまで出産・育児のために離職を余儀なくされていた20歳代後半から40歳代後半までの年齢層の就業率が高くなる傾向にある。

 

 

(7) 交通-交通環境の悪化

自動車

 京都市も他の大都市同様、モータリゼーションの進行が著しい。自動車による交通量は1970年代後半から1980年代にかけて、大幅に増加した。しかし1980年代後半からはゆるやかな増加傾向を示し、近年は横這い状態となっている。
 モータリゼーションの進行は、生活道路への通過交通の流入、交通事故の発生、交通渋滞の慢性的発生などの弊害をもたらしている。こうした諸問題の解決や交通基盤の整備が課題である。

 

公共交通

 京都市では、地下鉄延伸等に伴い、地下鉄・鉄道の利用者が増え、市バスの利用者が減ってきている。しかし他の大都市と比較して、鉄道に対する依存率が依然低い都市である。
 モータリゼーションの過度の進行による都市交通環境の悪化を緩和するには、公共交通優先が基本であると考えられる。そのためには広域的観点と生活的視点に立った交通施設の整備、各種交通機関相互の有機的な連携など、人と環境に優しい総合的な交通体系の確立が課題である。

 

道 路

 京都市の自動車による1発生集中量当たりの道路面積は7.2平方m で、他都市と比べて低い。市域面積に対する道路面積の割合は3.6%で、他の大都市のなかでも低い。しかしこれは広い周辺部の山林地域を含んでいることによる。都心部の道路面積の割合は高く、他の大都市とあまり差はない。
 高速道路の営業キロ数は短く、わずかに13.8kmで、建設中または計画中の26.8kmを加えても大阪市や神戸市のそれよりはるかに少ない。

 

 

(8)環境-山紫水明都市の維持

ごみ処理

 ごみ処理量は年々増加傾向にある。1人1日当たりのごみ排出量は他の大都市と比べて平均的な数値であるが、再資源化率が低い。
 今後は、ごみの発生抑制、分別収集等によるリサイクル・システムの整備、一層の適正処理が課題である。

 

大 気

 CO2排出量の増加等を要因とする地球の温暖化現象が、世界的な環境問題の一つとなっている。日本全体の年間CO2排出量は 32400万トンであるが、京都市ではその0.5%に相当する157万トン、市民1人当り1.31トンを排出している(全国平均の半分)。今後は、CO2の大きな排出源となっている自動車交通の抑制や、環境保全型産業への転換の推進などが課題である。また省エネルギーや新エネルギーへの転換も含めたエネルギー対策が課題である。
 また京都市は、盆地に立地する内陸都市で、汚染大気等が滞留しやすい地形となっている。ヒートアイランド現象や光化学スモッグへの対応なども課題である。

 

水と緑

 山紫水明とうたわれる京都は、古来より美しい水と緑に恵まれた都市である。京都市の二大河川である鴨川と桂川の水質は下水道整備等により、良好である。また周辺を山地に囲まれた地形であることから、良質の地下水にも恵まれている。この地下水は、伏見の清酒など京都特産の食品と密接に結びついている。今後ともこうした京都の水の質を、維持・向上していくことが課題である。
 また、周辺を山地に囲まれた京都は、自然の緑が多い都市である。都心や都心周辺部の寺社仏閣の境内の緑もまた京都の貴重な自然資源である。こうした緑の保護・維持、あるいは身近な自然としての活用を今後とも図っていくことが課題となっている。

 

 

(9) 文化-文化求心力の低下、大学の市外流出

文化資源

 古都である京都は文化資源に恵まれている。歴史的にみても、京都が首都であった時期は文化の中心地であった。首都が東京へ移ったのちも、その蓄積から東京と並ぶ文化の一大中心地としての地位を保ってきた。しかし現状では、京都の文化的求心力は年々失われてきている。
 豊富な文化資源を生かした文化創造力・文化発信力の強化が課題である。

 

 (コラム)世界文化遺産

 1994年、ユネスコ世界遺産委員会において、「世界遺産条約」に基づく世界文化遺産に、京都の文化財を中心に17の社寺・城が登録された。 (上賀茂神社、下鴨神社、清水寺、金閣寺、銀閣寺、西本願寺、二条城など)
 これらの世界文化遺産は、万里の長城(中国)やベルサイユ宮殿(フランス)などとならび、後世に伝えるべき貴重な人類の遺産として国際的に認められている。

 

 (コラム)京都の伝統文化・伝統芸能

 京都は、千年もの永きに亘り都であったため、各時代の文化の中心地であった。日本の代表的な伝統文化や伝統芸能の多くが、京都を発祥・発展の地としている。例として、歌舞伎、能、狂言、舞踊、茶の湯、生け花、和歌などをあげることができる。これらはまた京都の伝統工芸とも密接な関係を持っている。
 現在も、茶の湯、生け花などは、独特の家元制度を基盤に、京都をその本拠地としている。

 

 (コラム)京都の映画産業

 京都は日本の映画産業発祥の地である。導入された当初、日本の映画は歌舞伎などの伝統的芸能と結びつくことで発展した。その後、その地位は徐々に東京に奪われていくが、1923年に関東大震災が起こり、東京の映画産業は壊滅的な打撃を受け、再び京都が日本の映画産業のセンターとなった。
 その後、再び東京がその地位を回復するとともに、戦後はテレビの普及によって映画産業そのものが衰退に向かうなかで、京都の映画産業も衰退していった。現在も京都には撮影所があり、映画やテレビ番組が製作されている。また撮影所をテーマパーク化し、多くの観光客を集めている。

 

大 学

 京都は「大学のまち」でもある。日本全国から集まる大学生数は京都市人口の10%に相当する。
 しかし近年、より広いキャンパスを求めて大学の市外「流出」(市外移転、あるいは市外での学部・学科の新設)現象がみられる。このままではこの傾向は今後も続くものと考えられる。
 大学は都市の活力やにぎわい、その他多くの領域における資源である。大学のこれ以上の市外流出をくいとめる抜本的な施策を実施する必要がある。

 

 

(10)景観-京都らしい景観の変貌

中高層化

 かつて京都のまちの景観を特徴づけていた木造低層建築物が年々減少し、中高層マンションをはじめとする建物の中高層化や高容積化が進み、京都らしい都市景観の変貌が避けられない状況にある。
 現在もこうした都市景観の中高層化については、様々な議論があるが、どのような景観が調和のとれた景観、21世紀の京都にふさわしい景観であるのか、またそのような景観をどのようにして実現していくのかは、今後のまちづくりの大きな課題となっている。

 

新旧の調和

 戦前住宅比率が高いのが、歴史都市として、また戦災をほとんど被らなかった都市としての京都の大きな特徴である。こうした古い住宅のうち、良質なものの多くは町家である。景観資源、文化資源としての町家の保存や再生、現代的な活用が大きな課題となっている。また町家に代表される伝統的町並みに調和する新しい建造物のあり方(デザイン等)が重要である。
 町家居住者への経済的支援のあり方といった具体的な方法の立案、保存・再生・活用のための総合的な対策の立案など、今後の大きな課題である。

 

 (コラム)京町家

 伝統的都市型専用住居や店舗併用住居を総称して町家という。このうち京都の町家を京町家という。
 現在京都で見ることのできる町家は、ほぼ16世紀頃にはその原型ができていた。19世紀、江戸時代末期に京都では「どんどん焼き(元治の大火)」があり、多くの町家が焼失した。これらの町家は明治維新後に復興されたが、しかし当時建てられた町家は江戸時代の様式とほとんど変わらないものであった。したがって、現在京都で見られる町家は、明治初期に建てられた江戸時代様式のものも多い。
 京町家にもいくつかのタイプがあって、例えば鉾町の町家と祇園新橋付近のお茶屋の町家は外観も内部も異なっている。一般に、「うなぎの寝床」といわれるように、狭い間口に対して奥行を長くとる敷地形状、敷地の奥に庭や蔵をもつ配置、内部に坪庭と呼ばれる小さな庭をもつ形式、1階の格子戸や格子窓、2階の土壁の「むしこ窓」、瓦葺きの屋根といった外観などが、町家の特徴である。
 京町家は、その保存・再生・活用をめぐって、これまで多くの都市計画家や建築家の関心をひきつけてきた。またいくつかのプロジェクトが実践されてきた。その理由は、この歴史的な都市型木造住居に凝縮されている「集住の知恵」-それは京都の暮らしと風土の中で、長い時間をかけて培われてきた-が、時代をこえて現代にも十分に通用しうる可能性を持っているからである。

 

 

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