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京都市の基本構想・基本計画(資料編)/京都市基本構想等審議会/第6回 文化・観光・産業部会

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2001年2月1日

21世紀・京都のグランドビジョン 京都市基本構想等審議会 記録/第6回 文化・観光・産業部会

日 時 : 平成11年7月7日(水) 午後1時30分~3時30分

 

場 所 : 京都ロイヤルホテル「瑞雲」

 

議 事 : 京都市基本構想(第1次案)について

 

出席者 : 

伊住 政和(裏千家今日庵常務理事,京都市ユースボランティア21顧問) 

川原 陸郎(京都みやこ信用金庫会長) 

竹村 寿子(市民公募委員) 

中村 弘子(千家十職塗師十二代中村宗哲) 

三谷  章(市民公募委員)

○橋爪 紳也(伏見区基本計画策定懇談会座長,大阪市立大学文学部助教授) 

向囿 好信(京都市ベンチャービジネスクラブ代表幹事) 

村井 康彦(上京区基本計画策定懇談会座長,京都市歴史資料館長)

◎吉田 和男(京都大学大学院経済学研究科教授)                               

 

以上9名

◎…部会長     (50音順/敬称略)

○…副部会長

 

 

1 開会

吉田部会長

  第6回「文化・観光・産業」部会を開会させていただく。

 

 

2 議事

○ 京都市基本構想(第1次案)について

吉田部会長

  最初に第1次案の作成経緯を説明させていただく。これまで9回にわたり起草委員会が開催され基本構想について議論してきた。お手元に京都市基本構想第1次案と各部会の構想にかかわる主な意見を整理した論点整理メモが配布されているので,これらの資料をもとに当部会として盛り込むべきことがあればご指摘いただきたい。起草委員会からは,こういうトーンや考え方で書いてほしいというのではなく,具体的な修文の形で意見を出してほしいという注文があり,部会としての意見をまとめて構想に反映していきたい。

  基本構想は計画をつくるに当たっての考え方,理念をまとめるものであり,その中に入れるべきものと,計画に入れるべきものを整理しなければならない。どこで線を引くかは難しいが,具体的施策にかかわるものは計画に,どういう考え方で書くかということは基本構想に生かしていただければと思う。基本計画に関する議論は次回以降にお願いすることになる。

  なお,この構想についてのパブリックコメントを募集している。資料3として配布しているが,基本構想を要約した素案をホームページや『市民しんぶん』紙上で公開し,市民の皆さんのご意見を募集している。

  起草委員会では本日いただいた基本構想に対するご意見を,他部会からの意見やパブリックコメントと合わせて検討し,第2次案を作成することになるが,それを次回の部会で再度ご審議いただくことになる。

  それでは,第1次案の内容について簡単に説明したい。全体は3章立てになっている。

  第1章では京都市にとっての理念が書かれている。目標年次が2025年までということで,21世紀の最初のクォーターを構想することになるので,20世紀の反省と21世紀への展望という視点がある。今まで豊かな社会を目指して「大量消費」をターゲットにしてきたために廃棄物問題や都市問題が起こってきたが,環境をどう維持し,これらの問題に対処しなければならないか。今まで効率的ということで中央集権的行政がパラダイムであったが,どう地域に実権を持たせ,どう市民自らが問題を解決していくのか。このたび地方分権推進のための法律ができるが,地方行政は文明の歴史的転換の中で考えていく必要があるということが最初に書かれている。

  起草委員会では,京都にこだわり,「京都らしさ」とは何かということを字句にしていこうという議論がされた。京都は伝統や歴史のある都市の中で,非常に先進的なトライアルをしてきた。第3節は「京都市民の得意わざ」という面白い表現がされている。「まち」や「ひと」などこの文章には平仮名が多いが,漢字で書くと本来の広い概念が狭くなってしまうからだ。例えば「街」であれば,建物があって道路があるというイメージになるが,まちにとっていちばん大事なのはそこで生活する人であり,それを包含させるために「まち」と記述しようという考え方がある。ここでも,京都市民の得意なところを生かすようなまちづくりをしようという意味で「得意わざ」という言葉が使われている。第3節では歴史の中で醸成されてきた批判力や癒(いや)しの文化,もてなしの心など,まちづくりのハードではなくハートを基本に京都市民のあり方を考えてみようということだ。「得意わざ」を生かし,人々が京都に来たいと思うようなまちづくりをするということに関して,第4節で「21世紀に向けて新しい生き方を切り開くまち」という姿勢をまず打ち出している。

  第2章は生活ということで,第1節では第1章で書かれた京都の理念を市民のくらしの中にどう生かすのかという考え方が書かれている。第2節では(1)(2)(3)のそれぞれについて,人権尊重の文化や,健康維持のためのネットワークなどについて記述されている。とくに,安全と環境のところでは自動車に過度に依存しないということや「歩くまち・京都」,先端技術を使った総合的交通システムに言及されている。第3節は「産業の振興」ということで,高度情報化社会,すべての人に夢のある豊かなまち,ベンチャービジネスなど新しい産業の担い手が活躍できるまちといったことが書かれている。大量消費ではなく,リサイクルや環境に対する配慮をし,伝統産業に先端的な要素を組み込み,情報化を推進し,大学や研究所を活用し,環境と共存する京都らしい独自の産業をつくっていこう,産業を自然環境,歴史環境と調和したものにしていこうということだ。第4節として,市民文化が重要であること,京都に蓄積されてきた工芸,芸術,無形文化財,景観等の資源をどう結びつけるかについての方向性を示している。

  第3章では,京都というまちのあり方が「市民によってつくられるまち」と規定されている。「パートナーシップ」という言葉が使われているが,市民と行政が対等な立場で協力関係をつくっていこうということだ。片仮名を使うことには議論もあったが,従来の「市民協力」という言葉を使うと過去の概念に縛られるので,新しい概念を表すためには横文字を使うほうがいいということで,「パートナーシップ」という表現が今後の市民とまちづくりの姿を示す言葉として使われている。「外国人や長期滞在者」や,行政の情報化,市民のネットワークを結びつける方法についても言及されている。そういったことを通じてまちづくりが市民自身によって行われることが,第1章にあった地域でのそれぞれの独自性を生かした地域づくりであり,市民が参加する都市として先進的役割を果たすべきであるということで全体をしめくくっている。

  それでは,ご意見をうかがいたい。

 

向囿委員

  第2章第3節は,産業が大変な状況の中で,これから産業の再生・振興に向けて強力な取組をしていく必要があるという視点からすると,非常に弱い。この部分には産業振興以外のいろいろな要素が盛り込まれているが,もっと産業をどうするかを強力に打ち出すべきだ。

 

吉田部会長

  起草委員会でも,産業というより環境やまちのハードやソフト,思想のあり方や文明の転換ということで「大量消費からの転換」という視点から議論された。当部会として注文をつけた結果,第1次案の記述はこうなっている。文章上でどこをどう直せばいいかという意見があればお聞かせいただきたい。

 

伊住委員

  これは各部会から上がってきた意見をまとめられたのか。

 

吉田部会長

  最初に起草委員長が柱をつくり,それに対していろいろコメントがあり,部会でご意見を出していただいた。それをもとに修文しながら,柱の中に各部会の意見を反映して,整理し直すという作業をやってきた。

 

伊住委員

  あまりにも全体が広すぎて所属している部会の意見が言いにくいが,非常に長いスパンでの基本構想であり,この中に現時点での問題を入れたほうがいいのかどうか。長いスパンの中で語ろうとすると,一般論になり,トーンダウンする。言葉遣いも言い切ろうとしたり,新しい言葉を入れようとしたり,工夫はされているが,もうひとつ文章にパンチ力がない。

 

吉田部会長

  現状に関する危機感がないということは感じるが,それは2025年を軸にしており,先から見て逆に考えようとしているからだと思う。現実の問題は計画で扱うということだ。

 

伊住委員

  25年先を想定して語ることも,現実を無視して語ることも難しい。その辺りの誘導の仕方をどうするか。どのポイントに視点を置くかを明示していただきたい。

 

吉田部会長

  第1章が構想全体の特徴づけになっている。文明の転換点ということで,過去の視点から判断するのでなく将来から見ていくことになるが,そのときに今まで培ってきたものをどう生かすかという論の立て方になっている。国の経済計画の計画期間はだいたい5~7年なので,その間に現在の問題をどう解決するかが大きな課題となるが,この構想の計画期間は25年であり,25年先の全体を見渡したときどういう視点で計画を立てていくかのガイダンスとなるものだ。

  方法は2つある。1つは現状の問題点を厳しく書いて,25年間にどう解決していくかを示すやり方,もう1つは最終目標から逆に解くという,バックワードで解くというやり方だ。どうあれば望ましいかという問題は,逆に解くのが普通だ。現在の問題を無視したような形で将来を議論するのは頼りないと感じられるので,構想の中に現在の問題点と,それをどう解決すべきかを書くのかどうか。これは全体に通じる問題だと思う。

  ターゲットを置いて,基本計画で現在の問題を解決する施策を書いていくのも1つの方法だ。基本構想は「神棚」のようなものと考え,そこに至るために現実の問題をどう解決していくかは基本計画に書くのも1つの方法ではないか。京都のおかれている状況を楽観的に考えるべきでないというのは共通した認識だと思うが,ぺシミスティックな状況をどう解決するかは,基本計画で書いてはどうか。

 

橋爪副部会長

  第2章第3節が「産業の振興」という見出しになっているが,これではターゲットになっていない。「産業の振興」は今も25年後も当然しなければならないことであり,新しさもなければターゲットでもない。中身を読めば,「京都独自の産業システムを構築していく必要がある」というターゲットを掲げている文章がある。25年後を語るうえで,産業振興の中で目標とすべきことを強くうたうのならば,この見出しを変えるべきだ。

  もう1点は,それと響き合うような文章が第1章第1節の中にあっていいのではないか。産業構造の転換が言われている中で,全体のトーンは「大量消費,大量廃棄」に焦点が当たっているが,「大量生産」という都市文明を京都がどう変えていこうと考えているのかをこの部分に書くべきだ。それが第2章の「産業の振興」の部分と響き合えば,現状の問題意識がターゲットとつながる。

 

吉田部会長

  「振興」以外の適当な言葉はあるか。

 

村井康彦委員

  第1章では「京都市民の得意わざ」,京都の人間は優れた伝統を持っているのだということが書かれていて,現状に対する認識は第3節の「もっとも最近はその先駆ける力がかならずしも十分に発揮できていないし,都市の活性化にもうまくつながっていない…」という一文しかない。なぜそれだけの過去の栄光がありながら京都はこのようになってしまったのかという現状分析がなければ,将来の設計も目標も立たない。構想だから将来のあり方を考える文章でいいとはいうものの,書かれているのは過去の栄光とこれからのことであり,従ってこれから取り組むべきことが一般論に,滋賀県に持っていっても通用するようなものになっている。京都独自のありようが何かということは現状分析がなければ言えない。第1章についてはそこが弱いのではないかと感じた。

  これも一般論になるのかもしれないが,集権的なあり方から分権になっていくことが書かれているが,21世紀に地方分権が進んでいったとき,京都のまちや産業がどうなっていくかという点に限って考えた場合,どういうことが言えるのか。あるいは,情報化社会になったときにどういうことに出会うのか,その中で市民がどう対応していくのか。情報化は自明の理かもしれないが,情報化にうまく乗ればバラ色の社会になるような書き方がされている。総じてもうひと押し足りない。

  「安らぎのあるくらし」などはどの府県でも言えることであり,こういうことを考えておく必要はあるが,ここは一般論を論ずる場ではない。行政としてこれから深刻な事態に立ち至っていく中で,どういうことが生じてくるのか,それに対してどういうことをやっていかなければならないのか。2025年を目標とする長期の構想であり,現状はどんどん変化しているということをうたいながら,長期のことを語る。問題の立て方が矛盾していると言ってもいいが,その矛盾の中に我々はいるわけであり,一方で変化するけれども,中長期の目標を立ててやっていくことが必要だということ,その中でどう対応していけばいいのか,変化があっても守るべきものがあるのではないかという視点が打ち出されていれば,もっと力強い説得力があるのではないか。

 

吉田部会長

  今までのご意見に共通しているのは,なぜ京都の問題になっているかがどこにも書かれていないから,今と将来をどうつなぐかが明解でないということで,京都的解決を書き込まなければならない。

  例えば情報化の重要なポイントに,どうすれば情報弱者をつくらずにすむかということがある。知人にボランティアで情報教育を行うグループの人がいるが,それは現実に情報化社会に必要な問題の解決であり,目標に対する接近の手段でもある。そういったところをイメージさせるものが書けるといい。

 

三谷委員

  前文を見ると,過去のことが羅列され,現在に至り,将来を見ようというようになっているが,もう少し過去のことを最初に議論すべきだったのではないか。それを配慮しながら将来を考えるという姿にしないと問題を忘れている気がする。京都は先の戦争で爆撃を受けていない。古いものを残すという話ばかり出てくるが,もしかすると古いものを壊さなければならないかもしれない。そういう反省を含めて見直してみると,もう少し違った将来構想になるのではないか。

  京都は今から25年前,あるいは戦後と比較して,ある面では全く昔と変わらないところがあるような気がする。それが正しいのかどうかメスを入れる必要があるのではないか。

 

竹村委員

  市民の一人として「平和」という言葉をどこかに入れてほしい。まず「平和」,それから「安全」「安心のできるまち」ではないか。

  これを読んだとき,まず京都の気位を一度捨てなければならないと感じた。もうひとつは,第2章第1節の(1)に「女性も男性も」という記述があるが,女性の雇用は非常に遅れている。アメリカでは経済不況時に女性が生活に密着した企業を起こし,そこで雇用を吸収したと聞く。女性がいきいきと暮らすことのできる京都を考えると,京都では女性が伝統産業の担い手であり技術の継承者でもあり,働きやすい環境や生活に密着した企業を考えるときに,そういうことも頭に入れておいていいのではないか。それが少子化を食い止めることにもつながる。さらに,女子学生にも光る場を与えるまちであってほしい。

 

吉田部会長

  「女性も男性も」とわざわざ書くべきかどうかについては起草委員会でも議論があった。この部分で書かれているのはむしろあるべき姿であり,女性の就業機会や雇用を増やすという表現があるほうがいいのかどうか。それは女性の就職機会や雇用が少ないという現実があるからだが,現実の問題をもう少し立ち上げる書き方のほうがいいのかどうか。

  具体的に文章をどう直せばいいか,きらりと光るひとことを入れて本旨が出るような修文の方法を考えてほしい。

  先ほどご紹介した情報弱者をつくらないためのボランティアをやっている知人は,情報機器のリサイクルや障害者に雇用機会を増やす活動もしており,実に京都的だ。そういうことがイメージできるといいと思う。過去の産業のやり方,試験をして優秀な人を採用し効率の高い方法を考えさせて,順番に高いところから資本を投下して大量生産していくというやり方は否定しようということになっているが,次の社会の問題,今の問題にどう対処するかがひとことで分かるような文言を考えていただきたい。

 

三谷委員

  近年「バリアフリー」が言われるが,京都の観光地は高齢者や障害者が行きたくても行けない状況が全く改善されていない。もっとそういう面で勉強しなければならない。言葉としては「バリアフリー」という片仮名を使ったほうがいい。

 

吉田部会長

  「安全と環境保全」のところに,「障害者や高齢者が安全に住めるようにバリアフリーなまちづくりに努めるべきである」と書き加えるとよい。抽象的な言葉に具体例を書き加えれば文章の印象はずいぶん変わる。

 

竹村委員

  市民の近づきやすい市役所にしてほしい。相談コーナーを設けるなど,市役所に市民の相談に応じてくれるセンター的役割を果たしてほしい。情報化も利用して,市民の意見が行政の各部門に伝わるようなものにしてほしい。市民の親しめる窓口が今はない。

 

吉田部会長

  行政は人事異動のローテーションがあるので専門家がおけないしくみになっており,窓口を設けても対処できない。市役所は一人一人でなく総体として機能している。商工会議所や弁護士会など専門家のいるところは別にあり,市役所がどこまで何をするかは難しい。

 

竹村委員

  市役所にネットワークセンターになってほしい。

 

吉田部会長

  今まで当部会で何度も議論したが,行政のできる範囲は限られているので,どこに行けばいいかを教えてもらえるようなソフトインフラ,商工会議所や弁護士会などの専門家とつなげてくれるネットワークのセンターとしての役割を果たしてほしいということだ。行政の場合,市場経済とはしくみが異なるので,情報公開にしても公開したこと自体が分からない。

 

三谷委員

  行政組織が細分化し過ぎている。大学が学部を組み替えているように,市役所も内部組織を統合したほうがうまくいく。

 

吉田部会長

  霞ヶ関向けに組織をつくらないで,市民向けに組織をつくってほしいのだが,補助金や規制への対応の権限が中央官庁にある関係で,そちら向けに組織をつくるしかない。誰が責任を持って補助金を取るのか,問題が起こったときに誰が中央官庁と交渉するのかということになる。

 

三谷委員

  私が住んでいる地域では,数日前の大雨で瀬戸川が氾濫して道路や田畑がだめになった。少し前に伝建地区の道路整備をしていたので,住民がついでにその道路も舗装してほしいと交渉したが,「別の部署に言っておきます」と言って結局聞いてもらえなかった。そのとき舗装しておけば今回の大雨の被害はなかったと思う。わずかのことでぐるぐる回らなければ情報が伝わらず,いつまでたっても改善されない。こういうことを解消することが行政にとっては重要な問題ではないか。

 

吉田部会長

  専門化しなければならないが,専門化すると分からなくなる。市民向けに仕事のできるしくみをつくり,同時にどこかにコンバータがあって一般的な行政のしくみに連携できるようにしなければならない。

 

三谷委員

  組織自体に自由度もなく,それにともなう財政的自由度もない。企業組織を参考に積極的に改善しないと,どんどん行政機能はだめになっていくのではないか。

 

吉田部会長

  しかし,現実に今この部会として言えることは,この第1次案の文章をどうするかであるので,その観点からのご意見をいただきたい。キラッと光る言葉を付け加えるとか。

 

村井康彦委員

  基本構想は目前のものをどうするかという対症療法ではないから,抽象論や一般論,普遍論があっていいと思うが,一般的に「環境や景観を保全しなければならない」と書くのではなく,京都の環境や景観の問題は,戦災で焼けなかった都市をどう新たに生かし発展させていくかという問題であるはずだ。京都は戦争で焼けなかったため,老朽化した建物がたくさんあり,北部は「歴史的環境を保全する」というひとことですむわけではない。南部の開発についても「環境と調和した創造が望まれる」ではなく,南部はどんどん開発しようと言うのであれば,「新しい環境を創造する」「新たな都市景観をつくる」のほうがいいのではないか。

  第2章第4節の冒頭部分に「市民文化の成熟は…であるような社会ではじめて可能となる」とあるが,ここまで実現できれば市民文化は完全に成熟しているわけで,表現としておかしい。「市民文化の成熟とは…であるような社会である」とすべきではないか。

  また,京都の「三山」という表現は適切ではない。京都の場合は「山並み」であって,「大和三山」などとは少しニュアンスが違う。

 

中村委員

  歴史の中で,過去は上から押さえつけられた中で自分を律してきた。そういう押さえつけられた状態から解放されたときこそ,自らを律する心が大事ではないか。情報が発達した世の中になっても,人間として市民としての心がけが大事ではないか。法を整備するというのではなく,自分で自分を律する心を持つのも京都の「得意わざ」ではなかったかと思う。

  第1章第4節に「京都を訪れ,そこに憩うひとびとや,京都で働き,学ぶひとびと…」とあるが,ここに「京都で学んで外に出ていった人々」が外から京都を見て,おみやげとしていろんな知恵を京都に持って帰ってもらうことも,京都の文化を膨らましていく基になるのではないか。そういう文もあってはどうかと思う。

  第2章第3節の「これを京都全体として言えば」に始まる段落で,「つまり」が何度も続く説明の部分があるが,「つまり」以下の部分は括弧書きにしてしまったほうが読みやすいのではないか。

 

村井康彦委員

  分かりやすく書こうとして少しずつ言葉を補っているので,文章が長くなっている。

 

向囿委員

  都市が発展するためには日本全国や世界から人がどんどん集まってくること,有能な人にどんどん京都に来てもらい,事業を起こしてもらうことが必要だ。都市は人が集まらないと発展しない。そういう文言を付け加えていただきたい。

 

吉田部会長

  第2章第3節の「…京都独自の産業システムを,構築していく必要がある」の後に,「それによって,世界の人々が集まってくるようなまちづくりにすべきである」と入れるとよい。

  先に竹村委員からご指摘のあった女性や高齢者の活用についての記述も,同じ節の「また安定した雇用が創出される場でなければならない」の後に,「女性や障害者が産業の担い手として活躍できるように」という文言を入れてはどうか。障害者や女性の雇用ということではすぐ公務労働の比率を上げようという話になるが,本当は産業の担い手として活躍できることが重要だ。情報化はそれに適している。

 

川原委員

  独自にスケルトンをつくってみたのだが,これとはかなり違うものになった。こういう基本構想を練る場合,楽観論に立つか悲観論に立つかで異なる。25年先を目指すのだから,スタンスは楽観論でまとめてはどうか。

  第3章では京都の今までの問題を踏まえて,市政と市民の協力やパートナーシップについて書かれているが,公選で選ばれた市長のリーダーシップも大事だという記述もあるべきではないか。

 

吉田部会長

  起草委員会でも市長のリーダーシップについてはずいぶん議論があった。市民参加によって市長も議会もいらなくなるわけではない。「市民参加」とは,行政主体が無責任であっていいということではない。むしろリーダーシップを発揮して,結果責任について仕事ができる体制をつくっていくということだ。市長のリーダーシップについては,第3章第1節に「市民は市長を選び,選ばれた市長は明確な市政推進の方針のもと,実行力を発揮しなければならない」という記載があるが,もっと強いトーンで書くべきだとのご指摘だと思う。

 

橋爪副部会長

  今回の構想は画期的だと思っている。最も根幹的に今までの構想と異なる点は,文章の中に「わたしたち京都市民は」という主語が書かれていることで,非常に長い市民宣言のようになっている。逆に言うと,行政や市役所が何をするかが見えない。とくに第2章第3節の「産業の振興」が「わたしたち市民が」という主語で書けているとは言えない。「産業を振興する」は「市民」が主語ではなじまない。

  今までの行政の文章には主語が不明瞭なところがあり,今回の基本構想にもそのなごりがある。例えば,第2章第4節の「マルチメディア時代にふさわしい都市づくりに取り組むことがつよく求められる」の部分は,誰が誰に求めているのかよく分からない。今回はこういう主語が不明瞭で述語の対象が分からないものはできるだけなくしているが,まだ若干残っている。その辺の細かいところでも,志を細部に至るまで貫いてほしい。

 

中村委員

  行政なのか市民なのか企業のことなのか,よく読まないと分からないので,もう少し整理してほしい。構想としてはこれでいいから,マニュアルを章立てて書くことも1つの方法かもしれない。

 

吉田部会長

  先ほど説明したように,構想は概念で,施策は計画になる。

 

橋爪副部会長

  「わたしたち京都市民は」という主語によって従来の行政的なものが消えていることを高く評価したい。それをあえて分けると,行政がやるところは従来の行政的な表現になり,企業のやるところは企業の表現になり,今回の趣旨が全く生かされない。全般的に楽観的でも悲観的でもなく,「わたしたち京都市民」が「われわれはこういうまちをつくっていくんだ」という宣言文的な表現がとられていることが革新的だと思う。

 

中村委員

  基本構想というと,京都「市」の基本構想というイメージがある。

 

吉田部会長

  行政体の構想ではない。だから「まちづくり」となっている。市役所がまちをつくっているわけではない。だから,基本構想は選挙公約のようなものとは違う。

 

村井康彦委員

  これまでの議論の中で,情報化時代になると中間管理職はいらなくなるというショッキングな話があったが,そのとき市役所がどういうあり方をすればいいのか。限りなく小さい政府にしていくのか,一般的なことは市役所がやり,後はできるだけ区役所に委ねることになるのか。京都の中における地方分権がどうなるのか。それを描き出し,どうすべきか,どう考えるべきかという記述があってもいいのではないか。

 

吉田部会長

  今回の構想では市民と行政の関係を「パートナーシップ」という言葉で表現しているが,これは市民が行政体にいろいろ要求して何かをしてもらうのではなく,市民が自ら負担もすることを前提としている。しかも,情報公開して一緒に考えていくというのが基本的立場だ。市役所がどうあるべきかということまでは書かれていないが,もう少し踏み込んで,できるだけ行政は仕事をせず,民間にやってもらい小さな政府にすると書いてもいいが,今回の審議会全体の中でどこまでそれでまとめられるかは難しい。

  今回は「市民参加」について情報公開のようにトレンディな話だけでなく,市民と行政がともに責任ある主体として協力することが書かれているところが新しい。

  第3章第1節に「そのとき市民は,行政から公開された十分な情報をもとに…負担を軽減する機会をもつことが認められる」とある。小さな政府を選択するなら,市民がそれを決める権利がある。今までよりはトーンが高いと思う。京都市役所に近づきやすくいろいろ相談してもらえる「お父さん」の役割を求めるのか,パートナーシップということで「兄弟」でいくのか。どちらかというと市民の方が「お兄さん」で,行政はそれとイコールパートナーとしてやっていくのが基本姿勢だと思う。

  ネットワークについては当部会でもいろいろ議論があった。京都にはいろいろな資源があるが,結びついていないので活用されない。ただ,民間ができないから市がやるべき仕事であるのかどうか。民間に任せるのも1つの方向だ。

  そろそろまとめに入りたい。第1章はとくになかったと思う。第2章第3節の4行目に,竹村委員からご指摘のあった「女性や障害者が産業の担い手として活躍できる場でなければならない」という文言を入れてはどうか。

  「産業」以外に何かいい言葉はないか。産業というと古いイメージがあるので,むしろ「ビジネス」のほうがいいかもしれない。介護サービスなどは過去においては産業ではなかった。自由化されて民間でできるようになるが,果たして産業と呼べるのか。

 

竹村委員

  雇用を生み出すという面では介護サービスは産業と言えるのではないか。

 

吉田部会長

  昔のインダストリーとガバメントの概念の谷間の部分が大きい。例えば茶道などの文化は産業であるとも産業でないとも言える。

 

竹村委員

  京都アイネットのように京都の情報網を促進するようなものがこれからの京都の産業になるのではないか。

 

吉田部会長

  情報基盤もきわめて重要だが,どう書いていいかは難しい。

  三谷委員のご指摘のあったバリアフリーのまちづくりについては,第2章第2節(2)で,「交通事故や犯罪からも安全…」の前に「障害者や高齢者が安全に暮らせるようなバリアフリーのまちづくりを目指し」と入れてはどうか。

  向囿委員のご指摘のあった現状認識の問題は,第2章第3節の「そのためには」の前に,「近年京都の持っていた「わざ」の蓄積が生み出してきた産業の力が急速に凋落している」と現状認識を入れて,「そのためには」を消すとよい。また,同じ段落の「京都独自の産業システムを,構築していく必要がある」の後に「世界の人々が集まり,多くの人々の能力が発揮されるようなまちづくりであるべきである」を挿入するとよい。

  「マルチメディア社会のあり方も積極的に取り込んだ産業システム」の後に,高齢者も産業の担い手でいいかどうか分からないが,「障害者や高齢者が情報化の手段によって新たなネットワークがつくられ経済を支えるしくみの1つになる」と入れて,産業自体からこれらの人々が追い出されないしくみを内側に包んでいくということを表現するとよい。「これを京都全体として言えば…」のところに,村井委員のご指摘のあった「新たな環境をつくっていく」ということを入れるとよい。

  第2章第4節では,最初の文章を「市民文化の成熟した社会とは…多様であるような社会である」とするとよい。同じ節の第2段落の「マルチメディア時代にふさわしい都市づくりに取り組むことが求められる」は主語はないが「取り組む」とするとよい。

  第3章では,パートナーシップのところに「市民の相談に乗ってくれる市役所」ということは書きにくい。「市民に目を向けた市の組織のあり方」ということをどこに入れるか。「市役所の立場として,市民に向いた組織のあり方,情報化技術(マルチメディア)を活用した市民サービスのネットワークの構築」か。

 

橋爪副部会長

  第3章第2節では「市政への市民の参加」が書かれているので,むしろ第1章第4節の「情報資源の蓄積」や「行政サービス」などの記述がされている部分に情報との関連で書き込んではどうか。

 

吉田部会長

  「市役所が中心になって情報インフラの構築をする」ということか。「市民生活を支える情報の提供」とすればいい。観光などの情報や外国人の生活情報の提供も目指してもらいたい。

  ほかに,本日出たご意見で落としていることはあるか。

 

三谷委員

  村井委員から「三山」という表現について適切ではないというご指摘があった。「周りの山並み」でいいのではないか。

 

吉田部会長

  「山麓」があるので「三山」はいらないのではないか。

  本日いただいたご指摘については起草委員会に伝え,できるだけ第2次案に反映するようにしたい。第1次案について,さらに修文等お気づきの点があれば,事務局に出していただきたい。次回には第2次案をご審議いただく。また,基本計画については論点をまとめて計画策定作業につないでいくことになる。次回は計画論点整理メモについてご議論いただく。

 

事務局(前葉政策企画室長)

  修文等のご意見は,明後日までに事務局にFAXをいただきたい。

 

吉田部会長

  それでは,本日はこれで閉会したい。

 

 

3 閉 会

 

 

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