京都市指定・登録文化財-史跡(西京区)

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2016年4月7日

京都市指定・登録文化財-史跡(西京区)

月読神社境内(つきよみじんじゃけいだい)

 月読神社は,松尾山裾部に位置する。神社裏の丘陵部は照葉樹のほぼ自然林に近い状態が今も良好に残る。本神社は月読尊を祀るが,本来は壱岐氏によって壱岐島において海上の神として奉斎されたものである。延喜式では名神大社に列っせられ,明治11年(1878)には松尾大社の摂社となり,現在に至る。境内には,江戸時代の本殿,拝殿を中心に,御船社,聖徳太子社などが在る。月読神社が京都へもたらされた時期については特定できないが,渡来系氏族,なかでも山城国と深く関係する秦氏による可能性が強い。いずれにしても京都盆地の神祇信仰やまた渡来文化を考える上で重要な意味をもつ神社であるといえよう。
月読神社境内

大枝山古墳群(6~12,15,16,18~21号墳)附14号墳(おおえやまこふんぐん(6~12,15,16,18~21ごうふん)つけたり14ごうふん)

 大枝山古墳群は,京都市の西郊,大枝の丘陵地帯に営まれた古墳時代後期(6世紀後半から7世紀初頭)の群集墳で,現在までに20基以上が確認されており,1980年代には発掘調査が実施されている。古墳はいずれも円墳で,直径が15~20メートル,高さ3メートル前後のものである。主体部は横穴式石室で須恵器を中心とする土器類や鉄鏃,刀子,鉄刀,耳環等の金属製品が出土している。これらの遺物の中には装飾付須恵器や朝鮮陶質土器及び銀象嵌を施した鉄刀など希少なものもあり,本古墳群を特色付ける副葬品となっている。本古墳群は,市内の古墳時代後期の群集墳の中でも極めて良くその形状をとどめており,平安京遷都以前の京都の歴史を研究する上で貴重である。
大枝山古墳群(6~12,15,16,18~21号墳)附14号墳

福西古墳7号及び10号墳附縄文時代包含層 (ふくにしこふん7ごうおよび10ごうふんつけたりじょうもんじだいいぶつほうがんそう)

 福西古墳群は6世紀末から7世紀前半にかけて築造された古墳時代後期の群集墳であり,20数基が確認されている。

 洛西ニュータウンの造成に際して,1971年に発掘調査されているが,大半の古墳が造成により削平された中で,この7号墳及び10号墳の2基が福西遺跡公園の一画に保存されたものである。

 なお,この古墳の主体部は縄文時代の包含層を切って造られており,古墳を含む下層は縄文時代の包含層となっている。
福西古墳7号及び10号墳附縄文時代包含層

大歳神社境内(おおとしじんじやけいだい)

 大歳神社は,洛西に広がる水田地帯に位置する延喜式内社で,古くから栢社・栢森大明神とも称せられていた。本神社の創建は不詳であるが,『延喜式神名帳』には乙訓郡「大歳神社」とある。現在の本殿は,大型の一間社流造のものであるが,これは元禄3年(1690)に建立された長岡天満宮の本殿を移築したものであり,昭和61年に完成している。本神社の境内は,本殿・拝殿を取り巻くように緑豊かな鎮守の森としての景観が残されており,式内社としての古社の趣を現在に良く伝えている。
大歳神社境内

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