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上京区の史蹟百選/竹林寺

ページ番号12913

2008年10月21日

Fエリア
竹林寺
竹林寺の墓碑

 平野国臣(ひらのくにおみ)以下37士の墓がある竹林寺は,浄土宗西山禅林寺派で,弘安2年(1278)道教の開基と伝えますが,その後の由緒は全くわかりません。
 福岡藩出身の平野国臣(1828~64)は幼時から武士としての嗜みだけでなく幅広い教養を持つ人物でした。京都で尊王攘夷運動に奔走しますが,但馬の生野の変に捕らえられて六角の獄舎につながれます。ところが元治元年の蛤御門の変による兵火の中,囚人の逃亡を恐れた幕吏によって未決のまま同士とともに斬首されます。この時には天誅組の水郡善之祐以下16名,池田屋事件の古高俊太郎以下80名も犠牲になっています。その後,明治10年になって西ノ京円町付近の西刑場址から姓名を朱書した瓦片とともに白骨が発見されて平野国臣らの遺骨と確認され,この寺に葬り,明治43年に墓碑が建立されました。

DATA
・下立売通天神道西入 行衛町

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