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2008年10月21日



今では下水道扱いになっている堀川も,昔は京都における重要な川でした。平安遷都以前は鴨川の本流で,都城の造営のために高野川や白川の流路に合流させたあとを堀川にしたというのが通説でしたが,最近の学説では平安京の街路に合わせた人工の川だといわれるようになってきています。
頭も尻尾もない堀川は河床をコンクリートで固められ,流れこんだ雨水を排出するだけの川になっているのです。鴨川から分水し,二条城の堀を経て西高瀬川へ流そうという構想も検討されているようです。
西堀川通は終戦間際の強制疎開で火除地として拡張されました。東堀川通には中立売から四条まで北野線の狭軌の電車が走っていましたが,昭和36年に廃止されています。
上京区内には,ほぼ一丁毎に橋が架かっていますが,中でも著名なのは一条戻橋(もどりばし)です。今はない小川(こがわ)がここで合流していました。戻橋は戦後だけでも2回架けかえられ,その伝説を想像することもできなくなっています。戻橋の伝説の一つは,平安時代に熊野の修行から帰る途中の浄蔵貴所が父の文章博土三善清行の葬列に遭遇し,祈念をこめて蘇生させたというのが古く,安倍晴明が式神12体を橋の下に封じ込めて,用事のために召し使ったとか,源頼光の四天王の一人渡辺綱がこの橋で美女に化けた鬼女の片腕を伐り落としたなど数限りなくあり,後世,戻りを忌む橋として,いろいろな風習を生み出しました。
中立売通に架かる堀川第一橋は石造のアーチ橋ですが,欄干の親柱に明治6年3月の刻銘とともに,京都府知事長谷信篤・京都府参事槙村正直の名に加えて,建築主任や白川村の石工の名も見られます。同じ石造アーチ橋が下立売通にも第二橋として架かっていますが,今では拡張されたために,コンクリート橋に覆われています。
川岸を見ますと,古くからの石垣や北野線電車の橋台など,歴史を語ってくれます。
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