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2013年5月21日
時代を動かした出来事は、多くの有名人とともに、歴史では語られない人々の活躍・暮らしによって織り成されてきました。上京には数多くの名所旧跡がありますが、そうした名所旧跡は、今も地域のみなさんの暮らしとともにまちの歴史を織り成しています。今回は乾隆学区と西陣学区を紹介いたします。
17世紀の初め頃、江戸時代の四代将軍、徳川家綱の治世に、千本寺之内東入北側の浄光寺は、伏見宮貞致親王の邸となりました。そしてその北裏の方は、皇室御料地となり、広く御所ノ内と称されました。現在の井田町の一帯は、伏見宮家の御料地となり、御料地特有の寸法の正しい井田が作られ、伏見宮家の食料を作る田地でした。その辺一帯は御所ノ内町と称されました。後に井田のあった所は井田町とされました。明治になってからも、寺之内通や井田町辺りの人々は、昔の「御所ノ内」の名称を誇りとしていました。乾隆小学校が最初井田町に設立されたのも、そこが清浄の地と思われたのでしょう。現在の姥ヶ原に乾隆小学校が完成するのは、明治9年頃です。
西陣の地域は既に平安時代より織部の町として栄え、その後、応仁の乱(1467年)で山名宗全が細川勝元の東軍に対して西軍の陣を張ったところから、西陣という名が誕生しました。その西陣発祥の地である山名宗全の邸跡が「山名宗全舊蹟(やまなそうぜんきゅうせき)」として、西陣学区山名町に残っています。ささやかな石碑ではありますが、町家に囲まれて静かに西陣の歴史を今日に伝えています。
毎年、山名町では地蔵盆の日にこの石碑の前に集まり、お地蔵さんと一緒におまつりをして、応仁の乱で亡くなった人たちの冥福を祈っておられます。
また、近所の方々の奉仕によって管理や清掃も行き届き、最近では多くの観光客も訪れています。
なお、この付近で戦争中、防空壕を掘ろうとしたところ、横穴がポッカリ空いて、山名宗全邸の地下迷路ではないかと、話題になったこともあったようです。
<市民しんぶん上京区版平成19年4月15日号に掲載>
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