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2013年5月21日
上京区は、西陣織の発展とともに多くの文化や暮らしが息づき、歴史とともにまちの形に刻まれてきました。時の流れとともに京都における映画産業や大衆文化の中心は移りましたが、かつての出来事はまちの記憶として、今もまちの暮らしを支えています。今回は嘉楽学区と仁和学区を紹介いたします。
明治30年(1897年)、四条河原町付近でシネマトグラフ(撮影機兼映写機)が初上映されました。その頃、千本一条の芝居小屋「大野座」が「千本座」と改称され、牧野省三氏が映画監督として起用されました。同氏に見出された「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助氏との作品は人気を博しました。
白梅町界わいから太秦にかけて8つの撮影所が建てられ、千本通には芝居小屋に代わり20軒余りの映画館が立ち並ぶようになりました。千本通界わいの商店街は、西陣織の発展とともに、「千ブラ」をする人々で深夜まで賑わうなど、新京極に次ぐ庶民の歓楽街となりました。
しかし、昭和40年頃からのテレビの普及や娯楽の多様化などによって、多くの映画館が歴史の幕を閉じ、当時の面影を残すのは西陣京極の看板と千本日活の建物のみとなりました。近年、日本映画が再び注目され、千本二条の大型映画館も集客数が好調とのことで、日本映画界にも希望の光が見えてきたようです。
創成期の日本映画界でその名が知られる横田商会は、明治43年(1910年)に一条通天神筋に近代的な撮影所を移設しました。法華堂撮影所とも言われ、古くからお住まいの方はこの付近のことを「ほっけんどう」とも呼ばれています。この撮影所が閉鎖されるまでの6年間に牧野省三氏と尾上松之助氏のコンビにより400本もの作品が作られました。
近くには、高津道具店(後の高津商会)があり、同店から小道具などの装飾品が貸し出され「本物の緊張感」を取り入れた映画が作られました。現在は、財団法人高津古文化会館が設立され、重要文化財を含む様々な道具が保存されています。著名な映画監督からの問合せなども多く寄せられるそうです。
また、下立売天神筋付近には、達磨寺の通称で知られる法輪寺があります。享保16年(1731年)に創建されたこの寺には達磨8千余体が収められているほか、日本映画関係者400余霊をまつる貴寧磨(きねま)殿などがあります。
<市民しんぶん上京区版平成19年3月15日号に掲載>
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