恋のために花を手折ってくる姿を表しているので、明治初年までは「花盗人山」と呼ばれ、親しまれてきた山です。前掛と両胴掛が円山応挙の円熟期の下絵として特に有名です。また、その下絵が3点とも屏風に仕立てられて大切に保存されています。水引は孔雀の羽を縫い込んだ刺繍の逸品で、前掛、胴掛も刺繍なので、刺繍美の楽しめる山ともいえます。
保昌山の由来は、山鉾の魅力細見・山鉾由来記のページをご覧ください。

欄縁は桐紋を包む唐草を透彫にした異色華麗な八双金物を配し、間にか紋と巴瓦紋が置かれている。水引と前、胴掛の刺繍が好対照で、繍い技の素晴らしさと美しさを双方で遺憾なくみせている
保昌山
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山の上は、御神体と朱傘、山籠の一般的構成に、山の趣向である紫宸殿が加えられる

保昌山の後ろ姿。見送は寛政10年(1798)に日本で製作された綴錦である

情緒あふれる保昌山の町会所2階飾り。山鉾町より少し離れているので、ゆっくり見学できる町会所
保昌山
町会所2階飾りの拡大写真(ファイル名:p08-b2.jpg サイズ:38.74 キロバイト)

武勇に勝れ、和歌も堪能だった独武者、平井保昌が御神体。明智十次郎光慶着用と伝えられる金小札緋緘の鎧での拵え

『刺繍鳥獣文』水引。孔雀の羽根を縫い込んだ大変に珍しい逸品

中国明代の官服を、水引に仕立てたもの。精巧な模様表現が素晴らしい

福禄寿と弁財天に唐子たちを配した『寿星図綴錦』。唐様の見送である

古見送。明代の中国製刺繍『仙人図』。貴重な遺品で、今は掛軸として保存

『張騫に虎図』円山応挙筆の右胴掛の下絵。応挙は山鉾町に住んでいたので、祇園祭の装飾品を数多く手掛けた画家である

左胴掛の下絵『巨霊人に白鳳図』。応挙41歳の最も円熟していた頃の絵で、流れをさえぎる山を崩し河を通した図

『蘇武牧羊図』前掛下絵。有名な3点の下絵は博物館で保管され宵山には里帰り

安永2年(1773)作。町内の松屋右近と勝造兄弟が協力して緋羅紗地に刺繍をした前掛(右)と近年復元製作の品(左)