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京都市北区

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リレー学区紹介-紫明学区

ページ番号56210

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2009年2月1日

紫明:文教・ターミナルのまち

キタオオジタウンの写真

(市民しんぶん北区版「いきいき北区」 平成11年6月15日号より転載)
市政協力委員連絡協議会会長の藤井吉和さんと社会福祉協議会会長の森貞子さんにお話をお聞きしました。

賀茂六郷の一つ
 紫明学区は,中世以来,上賀茂神社の社地として賀茂六郷の一つに数えられた小山郷と鞍馬口通沿いの町々に位置します。 一面に田畑が広がるこの地に,大正から昭和にかけて区画整理事業が着手され,宅地化が始まりました。昭和5年には,第二室町校として現在の紫明小学校が創立されました。紫明学区の誕生です。

交通の要衝・ターミナル
 北大路通の開通,市電烏丸車庫の完成,昭和8年ころからは,室町通に住宅が建ち並びました。更に同31年には,水泳やしじみ取りまでできたという疎水が暗渠化され,現在の紫明通に整備されました。とはいうものの,同30年代までは,未舗装の地道や空き地も多く,郊外のイメージは残っていました。 長年親しまれた市電は廃止されましたが,同56年,北大路バスターミナルの完成に続き,待望の地下鉄開通により,交通の便はますます向上しました。また,京都市北文化会館を含み,交通・文化・商業の複合施設「キタオオジタウン」は,烏丸車庫に代わる新たなシンボルとなりました。

文教・文化のまち
 大正2年,大谷大学が東京から移転して来ました。当時,烏丸通はなく,大学の正門は,紫明通の上総通を上がったところにありました。正門までの道路には桜の木が植えられ,「サクラみち」と呼ばれましたが,今ではゆったりとした道路幅が過日の面影を残しています。 かつての師範学校である京都教育大学付属中学校や以前は立命館中学校・高校もあり,文教のまちともなっています。 学区には,広辞苑編者の新村出氏の「記念文庫」があり,華道の池坊家元も住んでおられます。また,「六地蔵めぐり」の一番札所,上善寺もあり,お盆には参拝者でにぎわいます。夜泣き地蔵や虫よけ地蔵も地元の方に親しまれています。

充実した福祉の取組
 紫明学区では,昭和53年に発足した社会福祉協議会や,従来からの育友会,体育振興会など各種団体が熱心に活動しています。平成4年,学校ルネッサンス事業として北区で初めて創設された地域文化プラザは,生涯学習の場のモデルケースとして,他都市からも視察に来られています。同7年には,北区誕生40周年と北文化会館の完成を祝い,記念セレモニーを盛大に行いました。 学区の三大行事としては,ふれあい敬老のつどい(9月15日),体育振興会による区民運動会(10月第一日曜),育友会と地域文化プラザによる文化祭(11月3日)を学区を挙げて毎年行なっています。 このほか,少子高齢化の中にあって,配食サービスなど独居老人への取組,あやとりなど昔懐かしい遊びをお年寄りと小学生が一緒に楽しむ老幼交流など,多彩できめ細やかな事業を毎月行い,積極的に福祉の充実に取り組むなど,各種の団体がそれぞれ活発に活動しています。 今後とも,地域の各種団体が一体となって学区及び学区民の皆様のためにも一層の活性化を図っていきたいと,お二人の会長も話しておられました。
(写真:キタオオジタウン)