御土居

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2013年1月28日

史跡 御土居

 

所 在 地 :位置図参照

指定年月日:昭和5年7月8日(追加指定:昭和40年10月27日)

 

平野御土居

御土居の写真1

大宮御土居

御土居の写真2

 

 

概要
 御土居は天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が,長い戦乱で荒れ果てた京都の都市改造の一環として外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防として,天正19年(1591)に多くの経費と労力を費やして築いた土塁です。
 台形の土塁と堀(堀の一部は川,池,沼を利用)からなり,その延長は22.5キロメートルに及び,東は鴨川,北は鷹ヶ峯,西は紙屋川,南は九条あたりにそって築かれました。土塁の内側を洛中,外側を洛外と呼び,要所には七口を設け,洛外との出入口としました。鞍馬口,丹波口などの地名はその名残です。
 江戸時代になると天下太平の世が続き,外敵の脅威もなく御土居は次第に無用の存在となり,また市街地が洛外に広がるにつれ堤防の役割を果たしていたものなどを除いて次々と取り壊され,北辺を中心に僅かに名残をとどめるのみとなりました。
 昭和5年(1930),市内に残る御土居のうち8箇所が,京都の沿革を知るうえに,また,広く我が国における都市の発達をたどる重要な遺構として「史跡」に指定,昭和40年(1965)にさらに1箇所(北野天満宮境内)が追加され,現在9箇所が指定地となっています。
 また,これら指定地以外では,北区の大宮交通公園内や中京区の北野中学校内でも,部分的に御土居が残っています。

 

御土居の断面図

 

 

史跡御土居,京の七口の位置図

 

御土居の地図

紫竹  :北区紫竹上長目町・堀川町
盧山寺:上京区寺町広小路上る北之辺町
西ノ京 :中京区西ノ京原町
北野  :上京区馬喰町
平野  :北区平野鳥居前町
紫野  :北区紫野西土居町
鷹ヶ峯:北区旧土居町3
鷹ヶ峯:北区旧土居町2
大宮 :北区大宮土居町
A.長坂口
B.鞍馬口
C.大原口
D.粟田口
E.伏見口
F.鳥羽口
G.丹波口 

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