サキョウ見聞録 その11 八丁平で出会う、悠久の湿原と生きものたち
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2025年1月24日

京都市左京区の最北端にある久多(くた)という集落があります。見渡す限りの山々と川底まで澄んだ綺麗な川・・・「京都市」という単語のイメージが先行すると想像とは全く異なる景色に出会うことでしょう。
久多は北に向かうと滋賀県高島市朽木、東は大津市葛川地区にたどり着くところに位置しています。琵琶湖に注ぐ安曇川の源流の久多川が流れていて、春はアマゴ釣り、夏は鮎釣りで賑わいます。
そして久多の中でも更に奥山へ登り進むと、緑の山々に囲まれた谷間に広がる「八丁平(はっちょうだいら)」という日本でも珍しい高層湿原が広がっていることをご存じでしょうか。
京都といえばお寺や神社、そういうイメージがある方にとっては、京都市に近畿地方でも珍しい高層湿原がある…というと何か違和感があるかもしれません。
しかし改めて数字で見てみると、京都市の森林面積は61,019haで、市域面積の約75%を占めています。京都が都として千年余も栄えた背景の一つに、燃料や建築用材の供給地に恵まれていたことがありました。
本記事ではそんな京都市で最も奥山であろう場所のひとつ、「八丁平」をご紹介します。


八丁平に広がる「湿原」という特別な世界
八丁平という名前は、湿原のある谷中心部をぐるりと囲む周囲が約870メートル、つまり「八丁(はっちょう)」ほどの距離であることが由来です。聞いたことあるけどよくわからない、そんな「湿原」について改めて説明しますと、数千年という気の遠くなるような歳月をかけて積み重なった植物の死骸が、湿った土壌として形作ったとても珍しい環境です。ふかふかとした土の上には、湿地ならではの草花が育ち、そこにしかない美しさが息づいています。
湿原は、ただの湿った土地ではなく、多様な生きものが息づく「小さな生態系の宝庫」です。ニッポンイヌノヒゲやミズオトギリ、ニッポンイヌノヒゲ、アオコウガイゼキショウといった湿地特有の植物が見られるほか、日本一小さなハッチョウトンボや、モリアオガエル、アカゲラのようなキツツキや二ホンリスなど、様々な生き物たちがひっそりと暮らしています。小さな命たちが織りなす風景は、いつ見ても本当に美しいものです。


四季折々に移り変わる八丁平の風景
春になるとタムシバから始まって、キンマメザクラやマルバマンサクが咲き始め、夏になると鮮やかなオレンジのレンゲツツジや青紫色のカキツバタが彩りを添え、夏の盛りを迎えると花の彩りは減り、一帯は深い緑に包まれます。
秋には、9種のカエデの仲間たちをはじめとする木々が山を赤や黄色に染め、湿原内の植物も少しずつ色を変えていきます。そして冬になると、霜や雪で湿原が白銀の世界に変わり、ふかふかの土がまるで眠りについたように静まり返ります。八丁平は訪れるたびに新しい景色を見せ、何度来ても飽きることがありません。


八丁平に訪れる方へ:貴重な湿原と自然を守るために
八丁平の湿原は、非常にデリケートな環境です。枯れた植物が積もってできたふんわりとした土壌は、一度でも踏み固められると植物が育ちにくくなり、湿原そのものが失われてしまう恐れがあります。そのため、湿原内には整備された遊歩道があり、訪れる皆さんにはそのルートを歩くことで湿原を守る手助けをお願いしています。
また、八丁平には希少な植物や昆虫が数多く生息しています。湿原を歩く際には、数千年の年月をかけてこの景色を作って自然への敬意をもち、周りの景色や生きものたちをそっと見守る気持ちで散策を楽しんでいただけたら嬉しい限りです。

シカよけの柵で植生を守っています。

八丁平で感じる、自然との静かな対話
八丁平を訪れると、都会の喧騒から離れ、自然が紡ぐゆったりとした時間の中に身をゆだねられます。風が草花を揺らし、トンボが飛び交い、湿った土の香りが漂う中で過ごすひとときは、自然そのものが語りかけてくるような感覚をもたらしてくれます。地面に触れるたびに、その場所が積み重ねてきた時間や命の気配が感じられ、八丁平は私たちに「自然と共に生きるとはどういうことか」を静かに教えてくれます。
豊かな自然にどっぷりと浸かる八丁平でのひとときは、私たちの心をリセットするための素敵な旅となるでしょう。また訪れたことない方は、機会があればぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人
高橋 大介(京都市北部山間かがやき隊 久多地域担当)
2024年4月から久多に移住し暮らしはじめました。生まれ育ちは埼玉の都会ですが、かれこれ農業や狩猟など山暮らしは8年以上やっており、久多に移り住んでからも獣害対策として、駆除や狩猟活動を行っています。