平成28年9月号 あの日あの頃
ページ番号204177
2016年9月1日


伏見区深草にあった消防学校の門をくぐってから34年が過ぎました。月日の過ぎる早さを実感しています。振り返りますと,私の消防人生は,消防隊(指揮隊を含む。)が15年半,消防指令センター(以下「指令センター」という。)が14年半,毎日勤務が4年(5年目に突入!)となりますが,やはり指令センターでの勤務が非常に印象的でした。二度の指令システムの更新時期に指令センターに勤務していましたが,二度共,新しい機能を搭載した新指令システムへの期待よりも最大限に機能を発揮できるよう操作しなければならない不安とプレッシャーで押し潰されそうになっていたことが思い出されます。
指令センターの業務は,経験されたことのない人にとっては特殊に感じられる方もおられると思いますが,現場活動そのものです。全ての災害は受信から始まります。ただし,受信のときに判断を誤ると災害現場活動全体に影響を及ぼしますので,その責任はとても重大となります。同じ内容の災害はないように,通報にあっても同じことが言えると思います。様々なプレッシャーと緊張の中で迅速・的確に判断を下さなければならないのが指令センターです。何があっても決して失敗は許されないのです。100%うまくやって,当たり前の世界なのです。


初めは無言電話かと思ったのですが,通報者は若い女性でした。何度か「火事ですか?救急ですか?」と私が繰り返すと,やっとの思いだったのでしょうか,絞り出すような声で「子供が・・・,子供が・・・。」とのことでした。「子供がどうしたの?」と子供の様子を確認するこちらからの問い掛けにも応じられず,ただただ絶望と悲しみに打ちひしがれた様子で,住所もまともに言えない状態でした。受話器の向こうで子供の身に大変な事態が起きている,何か分からないが緊急性を要する事態が発生していることが推測され,救急隊を指令することを即座に選択しました。救急指令までに要した時間は十数秒でした。この頃の指令システムには発信地表示システム(固定電話で通報した場合,通報者の住所等が表示されるシステム)が設けられており,通報者にこちらから住所を読み上げて住所の確認をしてから指令をしていました。これで一段落。子供の状況を詳しく聴き始めたところ,突然,通報者が高齢男性に変わり,いきなり,「何をごちゃごちゃ聴いてんねん!はよ(早く),救急車来い!!」と怒鳴り出してきました。救急車を出動させたことを伝えて何とか落ち着かせ,子供の様子を聞くと,ストーブで布団に火が着き,子供がやけどをして負傷しているとのことでした。火は消したとのことでしたが,「火事やないか!」と私は叫び,私の予想を超えた事態に,一瞬,頭の中が真っ白になりました。更に,負傷者の乳児は双子で,2名共,やけどをしており,かなり重篤な状態でした。母親はあまりの惨事に言葉を失い,一緒にいた祖父はかなりの興奮状態で,こちらから指導する応急処置にも聞く耳を持たれませんでした。

今回の「あの日あの頃」の投稿で,よい思い出とはいきませんが私の消防人生も残すところ3年を切り,去りゆく身です。最後に申し上げたいのは,困難を乗り越えられるのはやはりチームワークです。皆様は,それぞれの部署で最強のチームワークを築いてください。それには,一人一人が努力をし,最高の職場環境を作り上げることだと思います。

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