柳原銀行記念資料館について

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2015年8月4日

  柳原銀行は,明治32(1899)年,柳原町(崇仁地域)の町長であった明石民蔵(あかしたみぞう)ら地元の有志によって設立されました。

  被差別部落の住民によって設立された,日本で唯一の銀行であり,当時,差別のために資金を得られなかった町内の皮革業者等に融資を行い,産業の育成・振興に大きく貢献したほか,その利子を地元の小学校の運営資金や道路建設資金に充てるなど,自力で差別を撤廃していく模範とされました。

 大正期には,山城銀行と改称し,事業を拡大していきましたが,金融恐慌などの影響を受けて,昭和2(1927)年に倒産しました。

 その後,建物は商店や借家として使用されましたが,昭和61(1986)年に道路の拡幅工事に伴う建物の取壊し案が出たことを契機として,地域では,建物をまちづくりのシンボルとして保存する運動が盛り上がり,保存に向けた様々な取組が行われました。また,平成元(1989)年に本市が実施した調査において,貴重な明治後期の洋風木造建築物であることが判明し,平成6(1994)年,京都市登録有形文化財に指定されました。

  こうして,建物保存に対する地域の熱意と本市の取組とが相まって,建物を移築,復元することとなり,平成9(1997)年に柳原銀行記念資料館として開館しました。

  当館は,地元の方々から寄贈された貴重な資料をはじめ,地域の歴史,文化,生活等に触れる展示を通じて,同和問題をはじめとする様々な人権課題への正しい理解と人権意識の普及・高揚を図る啓発施設として多くの皆様に親しまれています。