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こども情報館(下京区ってこんなまち)

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2022年7月7日


下京区ってこんなまち

 

下京区(しもぎょうく)のようす

JR京都駅


 下京区(しもぎょうく)は京都(きょうと)のまちの中央部(ちゅうおうぶ)にあります。現在(げんざい)の区域(くいき)は、東は鴨川(かもがわ)、西は西高瀬川(にしたかせがわ)、北は四条通(しじょうどおり)、南はJR東海道線(とうかいどうせん)で囲(かこ)まれた範囲(はんい)にだいたいなります。面積(めんせき)は、6.82平方(へいほう)キロメートルで、京都市内(きょうとしない)でいちばんせまい区(く)であり、地形はほぼ平(たい)らです。区(く)の南部(なんぶ)にあるJR京都駅(きょうとえき)は、東海道新幹線(とうかいどうしんかんせん)、JRの各線(かくせん)(東海道線(とうかいどうせん)、山陰線(さんいんせん)、奈良線(ならせん)、湖西線(こせいせん))が乗(の)り入れています。ほかにも、近鉄京都線(きんてつきょうとせん)と市営地下鉄烏丸線(しえいちかてつからすません)がつながったり、いろんなバスの路線(ろせん)が駅前(えきまえ)から発車(はっしゃ)したり到着(とうちゃく)したりしていて、ここは京都(きょうと)の玄関口(げんかんぐち)です。また、烏丸五条(からすまごじょう)の交差点(こうさてん)は、東から走っている国道8号(ごう)の終点(しゅうてん)で、西向(にしむ)きにのびる国道9号(ごう)、南向(みなみむ)きにのびる国道24号(ごう)、北向(きたむ)きにのびる国道367号(ごう)の出発点(しゅっぱつてん)となっています。交通の面(めん)でとても重要(じゅうよう)な場所(ばしょ)で、東西には国道1号(ごう)も走ります。

 

下京区(しもぎょうく)のれきし

平安京すざくおおじ跡の石碑


 延暦(えんりゃく)13年(794年)に平安京(へいあんきょう)が開(ひら)かれると、都(みやこ)の中央(ちゅうおう)を南北に走る朱雀大路(すざくおおじ)(今の千本通(せんぼんどおり))を中心に縦(たて)と横(よこ)に通りが走り、まちが形づくられました。今の下京区(しもぎょうく)は、全体(ぜんたい)が平安京(へいあんきょう)の中にふくまれ、東市(ひがしいち)・西市(にしいち)という市場を中心に商業(しょうぎょう)が栄(さか)えます。その後、まちの西側(にしがわ)はしめった土地が多かったのでさびれますが、東側(ひがしがわ)は、商業(しょうぎょう)と手工業(しゅこうぎょう)のまちとして発展(はってん)を続(つづ)けます。室町時代(むろまちじだい)の中期(ちゅうき)に応仁(おうにん)の乱(らん)が起(お)こり、まちは一時すたれますが、四条通(しじょうどおり)を中心にだんだんと回復(かいふく)し、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の京都大改造(きょうとだいかいぞう)や東本願寺(ひがしほんがんじ)・西本願寺(にしほんがんじ)の周(まわ)りに寺内町(じないちょう)がつくられたことで、七条通(しちじょうどおり)までが再(ふたた)び栄(さか)えました。明治(めいじ)12年(1879年)、三条通(さんじょうどおり)を境(さかい)にして上京区(かみぎょうく)と下京区(しもぎょうく)が誕生(たんじょう)し、昭和(しょうわ)30年(1955年)に今の形となりました。

 

下京区(しもぎょうく)のみどころ

 西本願寺(にしほんがんじ):東山に建(た)てられた親鸞聖人(しんらんしょうにん)の廟堂(びょうどう)(=死(し)んだ後の骨(ほね)を納(おさ)める建物(たてもの))に始(はじ)まります。現在地(げんざいち)に移(うつ)ったのは、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の寄進(きしん)(=土地をお寺に寄付(きふ)すること)を受(う)けた天正(てんしょう)9年(1591年)のことです。境内(けいだい)には、国宝(こくほう)などの文化財(ぶんかざい)に指定(してい)されている多くの建物(たてもの)があり、世界文化遺産(せかいぶんかいさん)にも登録(とうろく)されています。
 東本願寺(ひがしほんがんじ):慶長(けいちょう)7年(1602年)、徳川家康(とくがわいえやす)が本願寺(ほんがんじ)第12代(だいじゅうにだい)の教如上人(きょうにょしょうにん)へ現在地(げんざいち)を寄進(きしん)したことで誕生(たんじょう)しました。その後、4度(ど)の火災(かさい)にあい、今の建物(たてもの)は明治期(めいじき)に建(た)てなおされたものです。
 少し東には、別邸(べってい)の渉成園(しょうせいえん)があります。季節(きせつ)の花々(はなばな)がさきほこる回遊式庭園(かいゆうしきていえん)(=中心の池を回りながら楽しむ庭園(ていえん))は、国の名勝(めいしょう)(=景色(けしき)が美(うつく)しい場所(ばしょ))に指定(してい)されています。周(まわ)りに枳殻(からたち)が植(う)えられていたことから枳殻邸(きこくてい)とも呼(よ)ばれます。

  • 国宝の西本願寺からもん
  • 東本願寺ごえいどう門

 

下京区(しもぎょうく)のじまん

京仏壇の製作


 下京区(しもぎょうく)は、伝統的(でんとうてき)な技法(ぎほう)を使(つか)って日本の文化(ぶんか)や生活に身近(みぢか)なものを作ってきた伝統産業(でんとうさんぎょう)のまちです。区内(くない)には、京仏壇(きょうぶつだん)・京仏具(きょうぶつぐ)・京扇子(きょうせんす)・京人形・京友禅(きょうゆうぜん)などを作る工房(こうぼう)がたくさんあります。その中でも、東本願寺(ひがしほんがんじ)・西本願寺(にしほんがんじ)の門前町(もんぜんちょう)を中心に作られる京仏壇(きょうぶつだん)は、細かく分かれている仏壇(ぶつだん)作りの各工程(かくこうてい)を専門(せんもん)の職人(しょくにん)たちが手作業(てさぎょう)で仕上(しあ)げていき、最後(さいご)にそれらを組み立ててできあがります。仏壇(ぶつだん)の内部(ないぶ)をのぞくと、お寺の本堂(ほんどう)に似(に)せた細かなつくりとなっているのが分かります。
 また、下京区(しもぎょうく)には、日本三大祭のひとつ「祇園祭(ぎおんまつり)」の32ある山鉾町(やまほこちょう)のうちの16があります。山鉾町(やまほこちょう)では、毎年7月になると山や鉾(ほこ)が建(た)ち並(なら)び、祇園囃子(ぎおんばやし)が聞こえてきます。

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