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京都市消防局

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平成28年7月号 わが社の防火防災自慢

ページ番号201157

2016年7月1日



 臨済宗東福寺派の大本山で,近年は紅葉の名所として,また,壮大な伽藍(がらん)を有することから「伽藍面の東福寺」との愛称で親しまれています。創建は建長7年(1255年),摂政関白 九條 道家の発願によります。

 寺名は古(いにしえ)より,隆盛を極める南都の東大寺と興福寺に由来します。寛元元年,道家公は,禅師,円爾 弁円(えんにべんえん。聖一(しょういち) 国師)を開山に招きました。円爾は幾多の教導を示し,禅のみならず宗派を超えて活躍しました。没後,花園天皇は「聖一」の国師号を贈り,その功績をたたえました。道家公の志と円爾の法は脈々と受け継がれ,その威徳をしのび,今日も多くの人々の篤信を集めながら,我が国有数の大禅院の面目は保たれています。

 一方で,その歩みは被災の歴史とも言えます。鎌倉末期の元応元年(1319年),建武元年(1334年),同三年(1336年)と,相次ぐ火災により,高さ15メートルの釈迦牟尼仏座像をはじめ伽藍の大部分を焼失。一度復興を遂げるも,応仁の乱により受難,仏像を焼かれるなどの被害を受けましたが,後に豊臣 秀吉,徳川 家康などの加護を受け復興し,永くその偉容を保つこととなりました。 

 しかし,明治14年12月,またもや大火に見舞われます。方丈より出火,仏殿・法堂・庫裡など中心部を焼失し,鎌倉の大火後に復活を遂げた釈迦牟尼仏も僅か左手だけを残し,燃え尽きました。

 そして,明治から昭和にかけて,適時,修復が行われ,現在の伽藍が整いました。昭和9年に再建された法堂には,焼け残った釈迦牟尼仏の左手も安置されています。私ども僧侶は,その御前に拝する度,有りし姿を想像し,その偉観をしのぶとともに災厄消除を願い,自らが災厄の元とならぬよう,戒め誓願するのです。


 当寺は,国宝三門,重要文化財 大禅堂等の大規模建築から古文書・美術品に至るまで,数々の貴重な宝物を有しています。それらを災害から守り,後世に継承することは当然の責務であります。そして,最も重要視すべきは,人命を守るということです。当寺へ訪れる参拝者は年間延べ70万人に上り,特に紅葉シーズンの1箇月間に40万人が集中します。また,周辺には住宅・学校・病院等も隣接し,一度,火災等の災害が発生すれば,その被害は極めて深刻なものになると想定します。そのことを肝に銘じ,防災対策には積極的に取り組む所存です。      

 当寺の防災施設としては,自動火災報知設備をはじめ,境内各所に消火器,屋内・屋外消火栓設備を設置し,水源に防火水槽を完備しております。また,参拝者等の生命を守るため,AED(自動体外式除細動器)も設置しています。

 火災原因で最も多い放火への対策については,近年,警備員増員や防犯カメラの増設等,セキュリティ強化を図りました。さらに,はしご車等,大型緊急車両のスムーズな進入誘導を行うため,専用非常門を施設しました。

 災害時にこれらの設備を十分機能させるため,東山消防署,東山消防団の御指導の下,既設の設備を使用した訓練や救命講習を定期的に行い,職員のみならず東福寺御用達の会「通天会」の皆様や,若き修行僧も訓練に参加し,共に防災意識の高揚と技術習得に努めています。そして,毎年,東山自衛消防隊訓練大会に出場して日頃の訓練成果を確認するとともに,他の事業所や公設消防隊員の実演を見学できる,大変有意義な機会をいただいています。




 私どもは,過日の大火にて先人が抱いたであろう恐怖と無念を,さらにはそこから復興を成し,大伽藍を現世に伝えた信心がどれほど厚いものであったのかを常に推し量り,教訓としなければなりません。また,現代においては行政・消防署員の方々をはじめ,多くの人々のお力添えがあり,安全が守られている,そのことへの敬意と感謝を忘れることなく,一層の連携強化を図らねばなりません。

 愛称「伽藍面の東福寺」が過去形にてたたえられることがないよう,常に防災意識を高く持ち,仏法の源であるべき伽藍を次世代に継承していかなければなりません。

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京都市 消防局消防学校教育管理課

電話:075-682-0119

ファックス:075-671-1195