市長記者会見(2025年12月12日)
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2026年1月8日
「坂口志文氏、北川進氏の京都市名誉市民の内定について 」「京都基本構想の策定及び今後の展開(京都学藝衆構想)について 」京都市長が記者会見を実施しました。
(補足)発表内容は、令和7年12月12日時点の情報です
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下記URLから御視聴いただけます。(京都市動画情報館(YouTube))
(発表案件1)坂口志文氏、北川進氏の京都市名誉市民の内定について
市長
おはようございます。よろしくお願いいたします。
それでは、まず発表案件の1つ目、両先生の京都市名誉市民内定につきまして、内定というのは、正式には市会での了承を得てということになります。資料をおめくりいただければと思います。ちょうど日付では一昨日になるのですかね、もう昨日のニュースも一色でありましたが、スウェーデンでノーベル生理学・医学賞を受賞された、京都大学名誉教授の坂口先生、ノーベル化学賞を受賞された、京都大学理事副学長の北川先生に京都市名誉市民の称号をお送りし、表彰させていただくことが内定いたしましたので、御報告申し上げます。お二方とも京都大学の御出身で、大学のまち京都で研究の礎を築かれました。京都ゆかりのお二方の先生方の研究成果が、このたびのノーベル賞の御受賞につながりましたことを京都市民の1人としても、そして今この立場でいうと、京都市民を代表して心からお祝いを申し上げたいと存じます。
まず、坂口先生におかれましては、免疫学の分野で制御性T細胞を発見された御功績ということで、ノーベル生理学・医学賞を受賞されました。このことの中身について私が今ここで説明する必要はないと思います。記載のとおりでありますが、がんの免疫強化という効果もあれば、臓器移植に伴う拒絶反応を抑える効果というのがあって、非常に医学の発展に多大な御貢献をされたというふうに理解しておりますし、もう既に坂口先生におかれましては紫綬褒章、文化功労者、文化勲章というものを受賞されておりまして、京都大学で学び、研究され、そして現在は京都市民というふうに伺っております。その意味で、医学の発展に多大の貢献をなされました坂口先生は尊敬の的として仰がれるにふさわしく、京都市としても後世までその御功績を語り継いでいきたいという思いで、京都市の最高栄誉である、京都名誉市民の称号をお送りすることとさせていただきました。
次のページをお願いします。北川先生も御承知のとおり、ナノメートルサイズの規則的な孔を無数に有する新しいタイプの金属有機構造体である、多孔性金属錯体の開発を行われた御功績ということで、小さな孔の中に気体をたくさん選択的に大量に取り込めるということが、1997年、もう30年近く前に世界で初めて立証され、これによって水素、天然ガスの大量吸蔵を行う研究が世界中で行われるなど、科学技術の発展に、そして環境やエネルギー問題をはじめとする様々な社会的課題の解決に大きく寄与されるということで、先生におかれましても、平成23年に紫綬褒章ということで、今年も当然文化勲章でもありますが、はじめ、数々の賞を既に受賞されているところでありまして、北川先生は特に京都市としては、開智小学校、成徳中学校、そして塔南高校、現在の京都市立開建高校を御卒業され、京都大学で学ばれて、京都大学の理事副学長をお務めいただいているということで、これはまたは科学技術の発展に大きく御貢献をされて、そしてまさに京都で今現在も要職にあられる北川先生、京都市の最高栄誉である名誉市民の称号を贈りし、後世までその御功績を京都市民として称えたいという思いでございます。
最後に今後の予定でございますが、まだ予定でございますが、来年2月16日の月曜日の午後2時に京都市会議場で表彰式を執り行いたいと考えておりまして、これは当然、2月市会の冒頭で、市会にお諮りして、御同意いただいた上でのことでございます。私からは、冒頭案件は以上でございます。
(発表案件2)京都基本構想の策定及び今後の展開(京都学藝衆構想)について
市長
続いて、京都基本構想でございまして、昨日、全会一致でこの京都基本構想を御議決いただきました。京都市会の皆様方にも、これを改めて、当然のことながら、これは昨年の秋からこの京都基本構想に関していうと、総合計画審議会での議論を立ち上げまして、未来共創チームでの議論、あるいは様々な市民、我々も単にパブリックコメントで待つだけではなくて、京都のまちのどこが好きなのかということの御意見募集、どこがもう一つ、もう一息かなというようなところの御意見募集とかというところから始まって、丹念に市民の声を、場合によっては出前パブリックコメントということで、高校や大学に職員が出向いて御意見を伺うということまで含めて、様々な取組を進めてきた結果、御承知のように今年の秋、答申をいただいて、さらに答申から今回の議決に至るまで、あえて時間をつくりました。その中で、京都市会においても、今回の審査特別委員会以外、その前にも代表質問や一般質問の中で、当然のことながらこの話がたくさん出てきて、そういう御意見も踏まえて、答申の案をまず市役所としてそれをどう受け止めるかということで、少し修正をしたものを今回の11月市会に提案させていただいて、11月議会では審査特別委員会が設けられて、そこで私と3人の副市長も含めて、総括質疑も含めて、しっかりと御議論いただいたうえで、昨日の市会にありましたように、様々な視点での御討論もいただきましたが、幸い全会一致で、私はこういうものは特に25年間ですから、これは私が市長でいる間だけではなくて、その後、中長期的なものなので、できるだけ全会一致が望ましいと思っておりましたが、幸いにも全会一致で御可決をいただいた次第でございます。
具体的な中身を御説明します。まずはその次のページをお願いします。京都基本構想の策定についてということでございますが、お願いします。これはあえて言えば、京都の都市の理想、これは我々の原点である、後で申し上げますが、1978年の世界文化自由都市宣言の冒頭の一文というのがあります。「都市は理想を必要とする」。あえてこういう時代だからこそ、理想を掲げるという議論をしよう。それが地方自治法に基づく必置義務ではない、まちとしてのやはり理想像を掲げなければ、理想だけでは現実は改善しません。その理想を掲げて、それに合わせて現実をどうそこに近づけていくかということが、これは日々の市役所であるとか、京都市会の非常に大事な責任でありますが、まずそこで足元を見るのも大事だけど、少し目線を上げて、将来の京都というものを考える機会を設けようというのは、これはそもそもの発想であります。世界の現状、様々な変化が生じております。よい変化もあれば、必ずしもよい変化ではない、なぜ21世紀にこんな議論を我々はしているんだろうかと思えるような紛争、貧困、分断、いろいろなものが社会で行われています。同時にすばらしい技術革新もあって、これを上手に使えば人類の幸福に、そして地球の未来に貢献する、そんな可能性もある。そういう意味では、複雑化の一途をたどる世界の現状、そして京都の現状、たくさんの方々が京都を訪れていただいています。5年前のことを考えれば、5年前の京都のまちに人通りが絶えて、どうなってしまうんだろう、これは日本中、世界中がその恐怖におののいたわけでありますが、たくさんにぎわいがある。そのことはありがたいんだけれど、本物(ほんまもん)、これはあえてこの総合計画審議会の中でもこの本物という普通の言葉じゃなくて、京都らしい言葉を、京都が持ってきた本物のことを「ほんまもん」と言おうじゃないかというような御提案をいただいて、その本物が失われてしまう危機というものを我々は直感、直覚しております。それは伝統の担い手というものが少なくなっている。京都ならではの生業の廃業がやはり相次いでいる部分もある。伝統的な町並みも、生活文化や神事も頑張っているまちだと思います、私は日本中のいろいろなまちを比較して頑張っているけど、やはりもう一回原点に立ち返って、どんなまちが我々の理想だったのかということについて、1978年の世界文化自由都市宣言に立ち返って都市の理想を描こうじゃないか。そして、これからも京都であり続ける。今までの京都がパーフェクトだったわけではありません。いろいろな問題その当時、その時代時代で持っていますが、その先人が紡いできた京都の価値、値打ちというものを改めて共有し、その値打ちを我々は享受すると同時に、後世に継承しなければいけない。これは京都基本構想の一番最後の部分にも、そのことは書かせていただいておりますが、それを伝えていく。価値、値打ちを我々はそれを享受する。享受するというのは我々の先祖は、いろいろな紛争もありました、いろいろな苦労・苦難もありましたが、それを超えて我々に伝えてくれたものの豊かな実りを味わうと同時に、それを消費し尽くさない。次の時代にその実りをつなげていく、伝え残していくことが必要ということであります。
次のページ、お願いします。先ほど申し上げましたように、幅広い市民の御参画のもとで策定してまいりました。特記すべきは、京都市総合計画審議会、これは当然でありまして、この人選も各界のすばらしい方々をバランスよく配置するということで、人選自体も比較的、年齢バランスなど、あるいは分野別のことについても留意をして選ばせていただいて、御参画いただきました。特にこの種の審議会で非常に長い3時間半とか、そういう議論をすることが少なくなかったわけでありますが、大変お忙しい方々が時間延長してまでお付き合いいただいたことには、心から感謝を申し上げます。そして、この方々がここに書かせていただいたような思い、考え方をそれぞれ御披瀝をいただきまして、したがって例えば3時間とか3時間半とか長い、この種の審議会というのは普通は1時間半ぐらいで収めるのが常識でありまして、また市長が必ずしもそれに全部臨席できない、いろいろな公務の関係で、ただ私も出張で臨席できなかった1回を除いては、全て参加をさせていただきました。そういう御議論の中で、まさにこの1、2、3というような価値観をしっかりと御議論いただいた。そして、未来共創チームであります。私のこだわりでもありましたし、事務方のこだわりでもありましたが、2050年に私は90歳であります。90歳の老人に2050年にはなる。もう既に私は高齢者でありますが、今、人生100年時代ですから、90歳でも100歳でも可能、大宗匠が最後まで我々を導いてくださったように、それはすごく大切ですが、でもやはり2050年の主役は、今現在で言うと若い方々なので、その方々がしっかり御議論に加わっていただきたい。これはもう私自身の強い思い、事務方の強い思いもありまして、こういうメンバー構成がございました。いろいろ御議論はありましたけど、大学生の方にも入っていただいた。そして市役所の職員にも入っていただきました。それもお2人、男女それぞれ入っていただいて、それがフラットに市役所の職員だから遠慮するということではなくて、ちゃんと一緒に議論してくださいということで、次の時代の明らかに京都の伝統文化を担うような方も入っておられるし、本当に1人の大学生であるとか、市役所の職員の目線でどう見えるのかということも含めて考えていただきましたし、杉田さんにはこの未来共創チームと本体、親会議の方の両方のつなぎ目として参加をしていただくような形で、この2つの委員会がバラバラにならず、ちゃんと連携するようにということで、もう少し早めにこの未来共創チームは、ここの1から5に書かせていただくような、例えば0.1市民というのがあっていいんじゃないかと、弱いつながりというものをどう引き込んでいくか、これは私の尊敬する友人である、佐藤尚之さんなんかがファンベースということで、いろいろなファンが、京都は磁力があるんだから、そのファンから愛されるまちをつくろうというふうに言ってくれたというのと、全く同期しているのでありますが、0.1市民を大事にしてください。それから一人一人の市民が多様性の時代だから、これを一つの構想というのが京都のまちのまち柄だ、理想だ、それはそうだけど、それをどう解釈するかというのについての余白というものを設けてほしい。あえて計画から外れた無計画さとか余白というのを大事にしてほしい。あるいは、この世代の人たち、これは我々の世代とちょっとまた感覚がひょっとしたら違うかもしれませんが、脱成長とか脱競争、ベストではなくて、ベターというのをお互いが認め合うというようなことが必要ではないか、あるいは、何で25年なんていう短い期間ですかと、そうですよね、この方々は2050年に働き盛りという方々であって、その先まで見据えるような長期的な視点、千年の都と言うなら、1000年ぐらいの先を見通した値打ちというのを考えてくれと、そういうことを若い方々から我々が背中を押していただいたということは特記すべき点だと思います。
それから次、お願いします。最初に申し上げましたように、たくさんのコメントをこれに先立って、ネットでも、それからリアルでもいただきました。その途中途中でパブリックコメント、仕上がってからコメントをいただくというのではなくて、最初のアイデア、あるいは最初の京都についてどんな課題があるかということも含めて御意見をいただいたことを今回は参考にさせていただきました。そして世界文化自由都市宣言でありますが、これは私どもは今でも京都市の最上位の都市理念であると思います。逆に言えば、今だからこそかもしれません。1978年に策定された宣言、御承知のように梅原猛先生とか桑原武夫先生がこの策定に関わられたわけでありますが、ひょっとしたら1999年の時点では、ある意味ではこれは順調に克服されているという課題だと思われたかもしれません。1999年の京都市基本構想、現行の基本構想においても、見開きのページの右のところにしっかりこれは載っているのですが、ただ私は逆に言うと、ここは今のこの時代だからこそ、もう一回ここに立ち返ることが大切だと、それは国際的にも国内的にもこの概念が京都のまちということを規定する非常に大きな概念だと思っております。ここに書かせていただいたとおり、「全世界のひとびとが、人種、宗教、社会体制の相違を超えて、平和のうちに、ここに自由につどい、自由な文化交流を行う」「広く世界と文化的に交わることによって、優れた文化を創造し続ける永久に新しい文化都市」、この理想を描いた宣言を私は今、逆に今だからこそ、新しい我々がここに立ち返らなければいけない概念だと思っています。すみません、ちょっと長くなってます。少しペースアップしますね。
次のページ、お願いします。構成はここに書いてあるように序文、基本構想に通底する3つの価値を示す。そして背景、今の世界文化自由都市宣言が抱える都市の理想も含めて、その策定の背景、そして第2章は京都のかたち、これは、京都はどうやって京都のまちがつくられてきたのかという、過去から我々の現在に至るまでの歴史を振り返り、そして第3章は、今我々が直面している課題というものを見つめ、そして第4章で、これから我々はどういうまちを目指すのかということをもう一回、最初の序文の基本的な大きな考え方に沿って再定義をして、将来像を具体的に述べて、そして第5章は、我々がこれをどう受け止めるか、さっきの余白という言葉がありましたが、これはあえてこの種の文章としては珍しいことでありますが、7つの問いかけをしております。そしてその7つの問いかけは、これから繰り返し繰り返し次の世代、これを策定して終わりということではなくて、この京都基本構想を策定し、5年後にはひょっとしたらまた世の中で違うような大きな事件、考えたくないけど、災害が起こっているかもしれない。10年後には、ひょっとしたら今起こっているイノベーションがもっと具体的な形を結んでいるかもしれない。15年後には、さあ、何が起こるでしょう。いろいろなこと、積極的な未来もあれば、こんな思ってもいないあのコロナのことを、コロナが起こる5年前に誰が予想したでしょうか。我々は感染症を克服していた、したと思っていた。ところが、新たな変性のウイルスが発生して、世界中を猛威が襲った。そんなこともありますから、これは、私どもは常にこの25年間のものを見直さないなんてことは考えていません。ただ、我々としては、しっかりと5年後、10年後に見直すような個別の計画ということではなくて、もっと大きな理想を描きたいという思いはありますが、それを常に後世の世代の人たちが問いかけていただくような材料をつくりたい。だからこそ文体もいろいろな御議論がありました。私も全部平易な文章に、場合によっては私も自分自身、筆を取って、もっと平易な文章にする工夫をするべきかと思った時期もありましたが、ただ、これは基本構想のまさに総合計画審議会でも、あるいは未来共創チームでも言っていただいたことですが、いや、これはこれとして面白い。人格性が立ち上がった文章なので、これはこれとして置いておいて、それをどう受け止めるかということで、いろいろなこれの別バージョンがあったらいいし、それぞれの人間が、ここに関わった人間がこれを語り継いで、自分はここが一番心に刺さったということを伝えていけばいいじゃないかということで、今の文体に仕上がりました。ただ、大切なことは第5章で、私たちのまちのこれからということで、我々が自問自答、10年後の我々はこれをどう受け止めるだろうか、今の例えば小学生が高校生になったときに、あるいは彼らが大学生、社会人になったときに、これをどう受け止めるか語り継いでほしい。今の鷲田先生が執筆の中核を担われた京都市基本構想、すばらしい文章なのですが、私は自戒を込めて申し上げれば、それを我々がその後反問していたか、今の現行基本構想に対して語り継いできたかというところが、我々の反省点でありまして、我々はできたらそういうふうにされるような、場合によってはここはおかしいんじゃないかという批判も含めて、それは後々後世、我々自身も含めて語り継ぐ、語り直す、問いかけ直す、そういうものでありたいと思っています。すみません、長くなりました。
次、お願いします。特長でありますが、3つの価値序文、まち柄という、人には人柄があり、国には国柄があり、まちにはまち柄がある。まち柄というのは長い歴史の中で、我々が大切に育み伝え残してきた価値だと思います。まずここで言っているのは、3つですね。歴史と文化から人としての豊かさを見つめ直していく、歴史都市だということであります。それだけ1200年以上の歴史の中でお祭り、藝道、工藝、神社仏閣、庭園、すばらしい文化が生まれてきた。町内会というのもそうです。2つ目、自然の山々と、それから美しい川、そして豊富な地下水、井戸水といった豊かな水に恵まれて、我々の文化が、文明があるわけでありまして、自然の中を生きる命の一つであるという価値を問いかけております。そして3つ目は、我々はやはり町衆という言葉がありますが、まちを支えてきたつながりというものを大切にしなければいけない。これが今、やはりちょっとこれだけの単身世帯が増えて、新しい人々が京都に入ってくださると、古いまちと新しい例えばマンションなんかがどうつながりをもう一回取り戻していけるのかという現代的な課題もありますが、そのまちを支えてきた連なりを未来につなげていくという価値、そして同時に世界と共に歩むまちでなければいけないという思いであります。
そして、次のページをお願いします。次、第4章ですが、今申し上げたような基本的な京都の大切にすべき価値観の中で、まちの将来像ということで、9つ描かせていただいております。第1節、第2節、第3節に分けて9つです。1つは本物(ほんまもん)を追求する。今本物(ほんまもん)がちょっと弱くなっていないですか。ちょっとまがい物とは言わないけど、本物(ほんまもん)から外れたものがはやっていませんかということを常に我々は考えなければいけない。世界の文化と交流し、新しい文化を創造し続ける。これは、京都がまさにそうであります。昨日もちょっとある会合で言っていたのですが、いろいろな西洋と東洋、それぞれを受け継いできている。その文化の言わば出会いの場であり、交ざり合いの場が京都でありまして、それがすごく大事な将来像。そして3つ目は、夢中と感動が溢れて学び続けられる。京都市は政令指定都市の中でナンバーワンの学力でありますが、夢中に、そして感動、学びの中で感動があるかということをもう一回問い直していきたいと思います。これからの時代が必要なことはそういうことだと思います。そして、平穏とか静寂というのが、あるいは何かと、他者が他者と向かい合う、自然と向かい合う。神社仏閣、庭園と向かい合う。それを静かに自己と世界に深く向き合えるのは京都のすばらしい将来像。価値ではないかと思います。
それから、次のページをお願いします。あと5つでありますが、自然との関係では、謙虚に自然と関わり続ける。我々の文明が地球の中で人間権を構成してきたこの文明が、本来、今後どうあるべきか。そして災害、感染症、これはやはりこの間、我々が特にこの四半世紀痛感してきたことではないでしょうか。様々な災害、感染症からしなやかに立ち直る、これは歴史の中でいろいろな荒廃から立ち直ってきたのが京都の歴史である。そういうことも見つめ直す。そして、やはり自他の生をともに肯定し、尊重する。これは国籍なんかもそうかもしれません。お互いに尊重する。それは一つは、多層的緩やかなつながりを大切にする。京都はどんな偉い人でも、どんな一般庶民であっても、喫茶店のテーブルを囲んだら、同じようなフラットな世界、バーでは同じ、ある種の武道を行うに当たっては、立場を超えてその武道に向き合う。そういうまちが京都のよさだと思います。そういう多層的で緩やかなつながりをどう続けていくか、誰もが誰もを知っているというまちではなくて、誰かが誰かを知っている、そんなまちをしっかりつくっていく。緩やかなつながりをどう続けていくかということが大切です。それから、支えあいの中で日々の生活が営まれる。やはり支える側と支えられる側が循環する。相互に交換可能な社会をつくっていく。そして、一人一人の個性や価値観を尊重し合う。尊重というのが大事で、何でも認め合うということでなくて、お互いにお互いを尊重する、リスペクトする。これは国籍を超えても言えることだと思います。もちろん性別、あるいはいろいろなバックグラウンドを超えて言えることだと思います。これが京都らしい9つの将来像。
次、お願いします。めざすまちの実現に向けて、第5章でありますが、申し上げてきたように、京都のまちはひとの連なり、それが歴史的にも、そして今の地域においても、あるいはいろいろな分野、藝事においても武道においても人と人との連なり、あるいはそこの共通の何とかを愛する、何とかに夢中である、愛着を持っている、その地域的な、あるいは分野的なつながりをどうこれから継承し、享受し、発展させていくかということが大事であって、私が大事にしてきた言葉、私の言葉はあまり実はこの基本構想にはそんなに入れていない。突き抜ける世界都市という言葉もありません。ただ、「居場所と出番」というのは入れさせていただきました。それはもうもちろん皆さんの御了解を得て、起草者の方を含めて入れさせていただいております。そしてさっき申し上げた問いかけをする、常に対話と議論を重ねながら、この理想の実現を希求するということを、その時代とか、地域を越えて、あるいは分野を越えてやっていかなければいけない。ともに考えるということで、この基本構想をそれぞれが受け止めていただいて、それぞれなりに議論していただきたいということであります。
それから次、お願いします。これからの具体化でありますが、今申し上げたのは都市の理想でありまして、理想だけでは私たち実務家としては理想だけを掲げて終わりということではなくて、その理想を現実にどう落とし込むかというのが、これはもう職業人としては私の責任でありまして、これは今年の3月に策定させていただいた新京都戦略というのは、基本構想を受けて、必ずアップデートしなければいけないということで、基本構想をもう一回反映、具体化、ここで割と強い言葉で踏み込んだものもあります。それにふさわしい政策へとこの市役所で1年間かけてつくった基本構想をしっかりともう一度反映し、新京都戦略を改定していきたいと思っております。その際に大事なことは、新京都戦略は令和9年度までです。私の任期です。改定した段階では、もう残り2年になっているものだけで、その2年間だけで射程がいいかということについては、これは少しその9年度の先のことも含めて書くのが誠実な態度だと思って、その視点も入れまして、しっかりと新京都戦略を改定し、分野別計画はそれぞれのカレンダーがありますから、もう既に改定作業に入っているものについて、既に前倒しでこの価値観を取り入れているものもありますが、今後改定するものについては、できるだけこの基本構想、あるいは新京都戦略の改定版で掲げた価値というものを、分野別の計画でも取り上げていただきたいというふうに考えています。
次のページをお願いします。そういう意味では新京都戦略、今年3月に策定したものに、今回で言うと京都学藝衆構想、これは後でもう少し詳しく申し上げます。それから、広い意味での多義的な市民性、京都市に住民票を持っていないような京都を愛する方々に対してどういう施策展開をするのかということも含めて考えていかなければいけないし、本源的な価値、本物が失われてないか、我々が築き上げてきたものを大量消費してしまって、次の時代にちゃんと継承できていないんじゃないかというようなことも含めて取組を強化していかなければいけないと考えています。
次、お願いします。今申し上げたこの基本構想が生んだ一つの一番大きな具体的な目玉、それは京都のまちづくりの多面的な新しい施策という意味での京都学藝衆構想について御説明します。この基本構想でも申し上げていますが、夢中になれる、学び合いの場の創出でありまして、幅広い世代が共に学び合うということを通じて、大切に育み紡いできた文化や産業の次世代への継承、新たな魅力発信、子どもたちから年配の方々まで世代を超えた交流やコミュニティの活性化につながるような、そういう学び合いの場の創出ということであります。平たい言葉で言うと、いろんな市民の方々が、その市民というのは多義性を持った市民、すなわち京都市に住民票がある方だけを対象にしているわけではありませんが、京都のことを愛する多彩な市民の方々が学び合う、そんな場をたくさんつくっていこうということで、このこと自体は別に新しい話じゃないです。今一生懸命それこそ市Hub、区Hubということの中で、既に今いろいろな企画をしていただいておりますが、その企画の中に私はこの京都学藝衆構想というのは常にずっと申し上げてきて、一部それと、もう既に先行的に企画していただいてるものもございますが、このことを通じて京都への愛着を醸成し深め、京都市民や国の内外の人々から愛される唯一無二のまちを目指すということであります。
次のページをお願いします。学藝ってどんなものかということですか、お手元のスライドに細かく記載させていただいていますが、いわゆる例えば今日、名誉市民の称号を内定させていただいたようなノーベル賞の研究者の方々も、もちろんそうであります。あるいは全世界に名が轟いているようなお家元のような方もそうでありますが、ちょっと学藝の「藝」という言葉が、これはまたちょっとこだわりがあって旧字体を使っているということもあって、ものすごく高みのある人たちのことを学藝衆と言っているんじゃないかというちょっとその誤解があれば、私はこの際、解いておきたいと思います。分野も多彩であります。例えば、先ほどちょっと言葉の上で申し上げましたが、京都のお庭って世界中からお庭を見に来る人たちがいるんです。でもそのお庭って誰が支えているでしょうか。それは造園業の方々、庭師と言われるような方々が本当に丹念に手入れをしておられる。その文化が京都には根づいているのですね。それって、お庭の職人さんなのですね。庭師さんなのですね。そういう方々はもう典型的な学藝衆ですし、実は私がいつも言うのですけども、私が生まれ育ったエリアの町内のことを、こんなことがあった、あんなことがあってということをまちのことをずっと京都市を教えてくださる方は、私が週に1回は行って喫茶店で朝、コーヒーを飲みながらその方と雑談するようにしているのですが、まちのいろいろな歴史、それから風物に精通したような方々、そういう方々、これは本当のまちの散髪屋さんです。だけど、すごく歴史のことに詳しくて、京都への思いがあって、その人の話を聞いたり、その人と雑談するために、そのテーブルに人々が集っている。こういうのもある種の学び合いだと思いますし、まさに今申し上げた地域文化、郷土史、お祭りで一生懸命お神輿を保存し、そしてそれを毎年毎年続けてくださる方々がいらっしゃるというので、京都の相当な文化が維持されている。それをしっかり当然のことながら、それが普通に続いていくという前提ではなくて、我々がそこにどう学べるかということを一つ一つを取り上げて、学びの場をつくっていこうということでありまして、ここに書いてあるのは幅広い農業・林業もあれば、武道、それこそ道場を開いている方々が実際に今なさっていることもそういうことだと思います。それぞれが普通に勝手に続いていくと思ったら大間違いだということをこの間の私たちは歴史の中で気づいています。それをしっかり、もうちょっとつながりを広めていこう、映画のまち京都と言いながら、映画のことを小学生、中学生がどこまで京都が映画のまちで、京都でどんな映画が撮影されたのか、どんな人たちがそれを支えてきたかを知っていますかと言われたら、知らない。なぜ我々が喫茶店に行くんだ。フランチャイズのチェーンで、もっと安くて、自由に時間が使えるようなところじゃなくて、何で馴染みの喫茶店を持っていて、何でおじいちゃん・おばあちゃんはそこで朝にコーヒーを飲んではるのかな、そこでどんな会話がなされているのかということは、必ずしも若い人たちは知らない。別に同じ文化を若い人たちが自動的に継がなければいけないということじゃないけど、そこでどんな会話がなされているのか、そのお祭りでどんな伝承が継承されているのかということを知ってもらうということをもっともっとやらなければいけないんじゃないか。AI時代だからこそ、詰め込みで僕らの世代が一生懸命歴史の年号を暗記して、それが今、そのこと自体も鍛錬としては意味があったかもしれないけど、本当に我々が子どもたちに提供しなければいけないのは、そういう語り継がれていない京都のまちの歴史を語り継いでいくこと、そこに名もない職人さんがどんな人生を京都で送ってきたかということを知ってもらって、それが実は今日の世界においてどんな貴重なものを世界に提供する価値があるか、例えば西陣織のすばらしい織の技術の職人さんがどんな作品を作られて、商品を作られているか、その現場を見たことがある中学生がどれだけいるでしょうか。そういうものをいろいろな分野でしっかりまちとして、学びの場をつくり、そして大事なことは、誰か1人の大きな師匠さん、高みにいる人たちが教えるということではなくて、そこで学ぶ。一緒に学びの連なりというようなものをつくっていくこと。これは私が慶応の教員時代に一番教わったことでありまして、自分は教えているようで教わっているんだと、教えている場、教わり、学びの場というのは例えば教室であったり、ゼミナールというのはまさにそうなんだということは、私は10年間で一番自分の人生に食い込んだのは、その体験でありまして、まさにこういう学びの連なりをつくっていきたいということであります。
次のページをお願いします。今申し上げたことです。興味関心を持ってもらう、幅広く種をまいて、そしてそれが継続的に更に深みを追究していきたいということは、講座をさらに細分化していくということもあってもいいかもしれません。あるいは、広くいろいろなものを知ってもらう、京都にある宝のような人材、有名・無名の人を知ってもらう、人の歴史を知ってもらう。そして次の時代に自分たちはそれをどう展開していくいこうかということを考えてもらう。そして、さらにはそれを担う、自分自身が教える立場になって、それが自分の半学半教、学びの一つにもなっていく。そういう循環をつくっていけることができるまちというのは、京都は世界中の中でもその最有力であると私は思います。京都の昔からいる人たちは、その価値を過小評価してはるんちゃうかなというふうに思います。それをしっかりつくっていきたいというのは、私がいろいろな経験した人生で恩返しができるとしたら、そういうものの場をつくるお手伝いをすることぐらいじゃないかなというふうに思っています。
次のページをお願いします。今申し上げたような、そのためには、学び合う場をどうつくっていくのか、学校教育の場、今もお茶とかお花は学校の教科の中に京都の場合は入れています。だけど、そこに入れるのはやはりカリキュラム上限界もあります。だとしたら、放課後を使えないか、あるいは多様な部活動の地域展開の一環として、放課後だけじゃなくて、週末とかも含めて多様な学校という場を使えないか。いや、でも京都にはもっといろいろなものがあるよ。例えば神社仏閣があります。公園、そんなに京都の公園は広くないかもしれないけど、逆にコンパクトな公園も多くて、その学びの場としてラジオ体操なんかも一つの学びだと私は思うのですけれど、いろいろなものが展開されている、地域としては公園をどう使うか、あるいは鴨川の河川敷を使っていただいてもいいじゃないですか。あるいは青少年活動センター、児童館、図書館、区役所。図書館はこれからそういう場として、サードプレイス、フォースプレイスとしてどう図書館を規定し直すか。いろいろな場がありますよね。場合によっては喫茶店で、この前に喫茶店の組合で話したときには、個人喫茶のところを喫茶店一つ一つ巡りながら、喫茶文化って何かというのを、同じ喫茶店でもそれぞれにこだわりがある。これはフランチャイズ店じゃないので、一つ一つの店にこだわりがあるというところを回ってもらって、喫茶文化を楽しんでもらえないか、今銭湯で始めた湯巡り、これも銭湯それぞれ地域によって個性が違う、それを回ってもらえないか、そこでこれは小山薫堂さんは、湯道とおっしゃっていますが、そこで大人からいろいろなルール、例えば銭湯というパブリックスペースの使い方のルールを学ぶ。今子どもたちが公衆浴場に入った経験がない。私の実家は旅館だから分かるのですが、友達と一緒に大きなお風呂に入ったことがない。でも、そこはパブリックな場である。そこでいろいろなことを教わる。そういうことも含めて場はたくさんあると思います。そして、それを結ぶ機能が必要であって、それが区Hubであったり、いろいろな事業をどうつくっていくかという話でありますし、それから人のネットワーク、何よりもどんな人たちが学び合い、教え合いを担っていただくのか、これは場合によってはいろいろな組合とかにも、今喫茶組合とか銭湯の組合とかという話も言いましたが、いろいろな組合の方々に、うちもそこに参画してみようと、こんな人がおるよ、うちのお弟子さんに、その家元は無理だけど、そこのお弟子さんでどこの大学の何とか部の責任者のこの人が高校生と何かやろうかというようなことをやってもらう、その人と人とのネットワークと場を結ぶという機能を今後体制を含めて検討していかなければいけないということであります。
次、お願いします。区Hub事業、そんな状況の中で、これは同時並行でこういうことを区長さんたちと懇談の会でもお話をしました。たまたまこの2人の区長さんは、今年度で定年を迎えられる方ですが、この前ちょっとつい先日一杯飲みをして、いろいろな話を聞きました。苦労話も聞きました。それぞれが今の私の話も多少は取り入れていただいていきながら、しかし別に京都学藝衆というのはまだ立ち上がっていませんから、でも思いを受けてやっていただいているので例えばこんなことがあって、まだまだこれは3回の連続講座とか単一のものであったりしますが、これは実は今日ですが、3回連続講座で映画のまち太秦なので、その右京区役所、太秦の撮影所からすぐそこで、あるいは高津商会というその美術・衣裳、あるいは仁和寺とかそういう場所を使いながら、例えば事実無根の柳監督に話をしてもらう、あるいは美術・衣裳という意味では、高津商会のプロデューサーに話をしていただく、殺陣師に話をしていただく、そんな方々がどういうふうに映画を作っているのか、京都の映画の歴史をどう受け止めているかという話をしてもらうような連続講座を区Hubの一環として考えていただいているけれど、例えばこういうようなものをさらに深掘りできないか、横展開できないか、左京の場合は、これも区長さんが御自身の人脈の中で、社寺建築に宿る地と美の体験ということで、まさにここに書いているような匠弘堂の横川総一郎さん三千院などを巡って、宮大工の視点で社寺建築の奥深い魅力に触れる1日をつくってみないかと、こういうことを既に考えていただいていまして、これをどっちかというと市長があれをやれ、これをやれと言うのではなくて、むしろいろいろな方々が、この前にPTAの方々の集まりがありましたが、まさにPTAの方々なんかが、こういう人が地域にいるから、こういう人とPTAと子どもたちの学びの場をつくっていきたいとか、そういうものをどんどん草の根で提案していただけないかと。その中で我々がどんどんこれも市役所全体で受け止めるというよりは、場合によっては区役所で受け止める。お互いどんなプログラムがあるかということを相互に分かりやすくして、それを全体で盛り上げていこうじゃないかということを、できることから始めていきたいというのが、京都の学藝衆であります。
以上が、今回の京都基本構想及び、その中の1つの目玉である京都学藝衆に込めた私の思いということを御説明させていただきました。長くなりましたが、御清聴ありがとうございました。
質疑応答
発表案件に関する質問
記者
先日ノーベル賞受賞式もあったのですけども、京都ゆかりのお二人が受賞されたということで、その御感想をよろしくお願いします。
市長
やはりこの京都で学び、京都で研究されたこの両先生が、本当にそれぞれの分野で、私などでも分かるがんや免疫であったり、いろんな水素の吸蔵であったり、応用性の高い、また基礎学問として新規性の高い分野で世界的に高い業績を挙げられている。現在の我々の課題克服につながっている、そんな先生方を抱ける、そういう先生方が学び教えてくださっている、研究を指導いただいている町として、両先生の業績に心から敬意を表したいと思います。我々は両先生の後ろ姿を見ながら、そして我々もそうですが、若い世代がそれを目標しながら学んでいただきたい、そういう風に思います。
記者
臨まれている姿ということでもあると思いますけれども、それに関しては。
市長
やはりこんな先生でも緊張されるんだなということは、偉大な業績ですが、1人の個人として緊張されているんだなということも含めて拝見しました。
記者
ありがとうございます。
記者
学藝衆構想についてお伺いします。発表の中にもあったように、常に地域や学校等々、ボランティアであったりとか自然発生的に、草の根と言われるような活動とか取組というのは、もう既にいろいろとあるかなと思います。特に私は外から来た人間なので、京都はそういうのが多いなとは感じるのですけれども、市として行政として今回のこういった学藝衆という形で基本構想に盛り込んだ意味ということを改めて教えていただきたいと思います。
市長
ありがとうございます。既にいろいろなものがあると思います。例えば区役所ごとにいろいろなお祭りとかに伺っていて、僕も行くと楽しみにするのは、そこに貼り紙がしてあって、こんな講座がありますとか、あるいは生涯学習センターなどでいろいろな講座の貼り紙がしてあって、これはもう既にあるな、学びの場が提供されているなというふうに思います。
でもまだまだそれは一部であって、それを市民がいろいろな提案をしながら、その提案を受け皿として我々が何らかの組織とか、聞く耳をそれぞれ区役所なんかも含めて、区Hubはまさにそういう聞く耳を持って、提案を受け止めて、いろいろな区民の皆さんと相談をしながら、こんなプログラムをやっていったらいいんじゃないかとやってもらうというのが区Hubの1つの大きな目的なので、そういう意味で立ち上げていましたが、それをさらに学藝衆ということで、我々が先ほど書いてスライドで示させていただいたような、こんな間口で、我々はこんな高みにある人たちの講演会で奉るとかというのではなくて、むしろどっちかというと僕の大学の経験でいうとゼミナール、連続ゼミナールみたいなものが市民の企画である程度できる。それは悪いけど、偉い先生方もそんな高い謝金は支払えませんと、本当だったらどこかの講演に行かはったら、場合によってはこんな金額のことで言うとあれだけど、何十万円とかをお出ししないと呼べないような先生方も、ちょっとここは京都の市民のために一肌脱いでくださいということで、それはある程度費用弁償的なことは考えますけど、できるだけそういう負担のない形で市民に学びの場を提供してほしいし、できたら有名・無名の人たちが「え、私なんかでいいんですか」と言わはる人たちを上手に掘り起こしてきて、その方々が一生懸命、場合によっては後継者がいないと思っておられるような方々が、一肌脱いで話をすることによって、すごく人も元気が出て、なおかつ若い人からいうと、「え、知らんかった」という話をどれだけ広げていくか。それをできるだけ地産地消という言葉がありますが、その学びの場の地産地消みたいなことをしていきたい。それは、私はもっともっと芽はあると思います。だから種はあると思います。種を拾い集めてきて、こんな種がありまっせといって提案していただくのは、これは市民に私は幅広い提案をお願いしたいと思いますし、そういうネタを拾ってきてくださいというのは、市役所とか区役所の人々、職員にもお願いして、それは皆さんにとっても自分の広い意味でこのまちの豊かさをつなげていくようなことを、例えば今の自分は保健福祉のお仕事をしています、今は子育ての仕事をしています、今は伝統産業の振興をしていますということを、自分の所管を超えて、いろいろな京都のまちのこの将来のつながりになるようなこと、それは例えば武道をやっているんだったら、武道の関係で何かできないか、スポーツの関係で新しいニュースポーツというものについての学びの場をつくれないか。それぞれが、私は職員の方にこの前も申し上げたのですが、2割ぐらいの余白を持って、今やっている自分の仕事以外に広く、自分が生涯この分野について京都のまちづくりに関わり合いを持ちたいと思うようなテーマをつくって、そこを広げてください。そこについては、所管の分野・部門の人たちとうまく連携してください。自分の人脈とか、こんなことができたらいいなというのが、例えば文化芸術で言うと、自分はお茶の世界でこんなことをやってみたい、子どもたちを巻き込んでやってみたいと思う人がいる、あるいはアニメの世界でやってみたいと思う人がいるならば、自分の仕事は今福祉の仕事をやっているけど、アニメで言うと京まふについてもっとこんなふうにやったら面白いつながりができるんじゃないかと言ったら、その2割の部分で京まふを担当している分野の人たちに助っ人、あるいは知恵を出していただくという。実際に京都の市の職員で、現役の局長もそういうふうにやってはる人がいはるのですよね。だから、そういうつながりを一人一人が市民もそうですけど、市役所の職員が持っていただいて、できるだけボトムアップで、こんなつながりでこんな面白い人がいるから、この人を引っ張ってきたらどうだと。この人は1回はやれるかもしれんけど、5回連続講座はそんなにやらへんというのなら、この人とこの人とこの人を組み合わせて、5回連続講座をつくってくれへんかと。それはだけど市民とか市役所だけじゃなくて、やはりコーディネーターとして、プロの視点でそれを見てくださる、あるいは人を結びつける、場を結びつけるようなコーディネーターみたいな人は、これは発掘して、今現実に僕の中では何人かの人がそういうこともやってみたいと言ってきている。ある種プロというか、その人も別にそれぞれの分野ではプロじゃないけど、人と人をつなぐということの自信がありますみたいな人がいるので、そういう人たちを0.1市民じゃないけど、0.1市役所職員として、ここの例えば学藝衆構想のこの分野のプログラムディレクターみたいな人がいたら、それも手を挙げてもらって、場所もばらばらでいいし、別に本部をどこかでつくって、大きな本部をつくって、そこはどこかのみやこめっせでやるとか、ロームシアターでやるとか、そういうことではなくて、そういう場所もあってもいいけど、どっちかというと草の根的に広げていきたいという、そういうイメージを私は思っています。
記者
それはなかなか学藝衆構想と言うと、ふっと分からない部分もあると思うんですけども、そういった今行われているような講座なりの量を増やしていくということですか。
市長
量も質もですね。やはり単発はできても、なかなかそれを連続講座にできないとか、あるいはさっきのこの循環の絵をお示ししましたけど、単発でやるだけじゃなくて、それをさらに深めていく、もっと学びたい、さっきの映画で3回シリーズも考えていただいていますが、映画の美術というものをもっと学びたい人が例えば10人かもしれない、それは。でも10人で学びたいというものがあったときに、10人の学びの場で、美術といっても例えば鬘なのですか、床山なのですか、あるいはもうちょっと美術的な要素なのですか、あるいはその着物のやはり織物に関心があるのですか。それぞれの職人とつないで講座を深めていこうみたいなことを、それがプログラムディレクター、あるいはコーディネーターの役割で、これだったらこの人に頼んだらさらに深まり合う。それをやっているうちに実はある分野で教えることができた人が、ある分野では学びになる。そうなんだ、こういう世界があるんだと。だから結局、日本の例えば映画の往年の黒澤明の作品を支えたのは、やはり黒澤組という人たちがいて、それぞれが職人芸として超一流の人たちが集まっていて、そのまたお弟子さんみたいな人たちが、場合によっては最初は助監督で入っていって、それで鍛錬を積んで、次の監督が生まれる。それぞれ美術の部分でも照明の部分でもそういう世界があった。それがなくなった。それを韓国のように国家を挙げて、言わば映画文化振興とやるやり方もあるでしょうけど、日本はそういう何とか組とかと言われているようなもの、だから学藝衆の衆というのが僕は大事だと思いますし、あるいは連、つながり、その学びの連鎖みたいなものをどう興ししていくか。そんなことができるまちは、僕が知る限り、日本中探しても京都しかないと思います。僕は、それは京都の底力があると思うので。ただ、それがまだ眠っている部分があるんじゃないか、その一部を区Hubのようなところ、あるいは区役所とか、それぞれの生涯学習の場で、もう一部は取り上げていただいているけど、それをもうちょっと全庁的に、私ができることはそれの環境整備をして、そこに多少エンジンとして、こういう構想を出す、あるいはそれに対して謝金みたいなものをどうするのか、あるいはプロのコーディネーターを雇うと、やはり一般的な人の謝金を、もう本当に気持ちということではなくて、やはり何人かの人にちょっと深く関わってもらうのだったら、その人件費は要るかもしれない。だけど、これのための殿堂として大きな箱物をつくるというようなお金をかけることに比べれば、私ははるかに京都らしい、そんなことにお金をかけるよりも、大きな箱物を造るよりも、人と人とのつながりを今あるすばらしい場を使って、あるいは例えば図書館とかをどうせ改修しなければいけないというのだとしたら、それが新しいひょっとしたら殿堂になるかもしれないけど、このために何か箱物を造るなんていうのは、私は発想としてはあまり好きじゃないので、そういうものじゃなくて、既存の場とか公園とかお寺とか鴨川とか、京都のすばらしい場を使いたいと思っています。
記者
ありがとうございます。
記者
基本構想について幾つかお尋ねさせていただきます。まず、今月末で期間を終える現在の基本構想ですけども、市長はこの25年間の理想を一定実現できたと思っていらっしゃるのか、それとも積み残したものが多かったと考えていらっしゃるのか、そのあたりの総括はいかがでしょうか。
市長
基本構想を僕はそういう形で評価するという発想にあまり立たないのです。基本構想、いや、例えば今の示しているこの理想というのが実現できたのでしょうかって、2050年の時点の市長さんがどういう人がやっているか知りませんが、言われても、なかなかしんどいと思います。恐らくこの価値というのは、さっきの若者たちは1000年の価値をつくってくれと言われたときに、それは一定程度実現できているけど、まだまだ今の世界情勢の中で、むしろ悪化してしまっている。京都のせいということではなくて、この自由に文化的な交流ができるということについて例えば、この5年間で我々は大きな課題がありますよね。コロナが起こってしまったということもそうだし。でも逆に言うと、震災が生じて、やはりもっとお互いが一人一人では生きていけないということを我々は痛感して、もっと人のつながりが大事だといって前に進んだところもあるし、やはり世界的な分断、紛争というものをあおりを食らっていて、あるいはネット空間の中で若干荒れてしまっているという部分もあって、だからそれは現行基本構想が実現できたと言えば、すごく大切な今もそれを受け継いで、我々は理想像を描いたわけですから、我々の中にも脈々と今の現行基本構想は生きていますし、当然それは全ての課題が、例えば「しまつ」の心、めきき、本当に京都のまちは若い優れた才能の目利きの能力が発揮されてきたか。一部発揮されていますよね。だけど、十全に発揮されているかというとそうではない。「しまつ」の心というのが、そういう謙虚な、「しまつ」という言葉は、単にケチなとか、経済で節約するということだけじゃなくて、すごく今までにあるものそのものとして大切にするという価値が今あるのかと言われたら、僕らは幾つかのまちの姿を見て、これは「しまつ」の心というのとは違うなと、どうしてこういうふうになってしまったのかと思うところがあるから、たくさんの課題もあります。それはだけど、今の基本構想が描いたまちの姿という意味では、できているところと、まだまだの部分があって。それは現行基本構想のせいではなくて、我々自身がそれをどう受け止めてきたかというときに、やはり反芻していなかったんじゃないかという思いはむしろ自戒の念としてありますし、私は鷲田清一先生は最も人間とし、その学識の深さといい、尊敬する先生の1人ですから、鷲田先生とも1回この今の基本構想を持っていって、先生はどう思われますか、現行のこの年末までの基本構想を先生はどう思っておられますかと。それから、我々はそれを受け継いでつくらせていただいたこの基本構想について、鷲田先生は「若い人が起草しているときに自分は絶対に何かを言うべきではない、自分が25年前に書いたから分かるから、僕はもうこの構想について、こんなアイデアをとかと言われても、私はしません。しないのが私は礼儀だと思っています」と言われたので。でもできたので、1回鷲田先生の意見も聞きたいと思いますが、私自身はあそこで書かれた理想は、今も私の中で生きているし、その中でどこまで達成できたかというと、残念ながら世界の潮流の中で京都も達成できていない点は多々ある。だけど、大切にしなきゃいかん価値だと思っています。
記者
ありがとうございます。今反省点というようなお話が中であったと思うのですけども、語り継ぐことがなかなかできていなかったんじゃないかというふうに書いておられたのですが、今回もいろいろなところで指摘されたのが、言葉とか表現の難しさのところでした。響いて創ると書く、響創とか、守破離の体現という概念とか、注釈を聞いてもなかなか理解しづらいという声もあったかと思うのですけども、やはりこのあたりが今回も語り継いでいく上で障壁にならないでしょうか。そこをどう乗り越えていこうと考えていらっしゃいますか。
市長
昨日もクエスチョンで、会議をやっていて言葉について話していたんです。僕は政治の言葉というのは、できるだけ分かりやすくすべきだと思います。いつも私がかつて演説を書いたときに、政治家として演説を書いたときに言っていたのは、ラジオで聞いて、クリーニング屋さんのおじさんがランニングシャツで暑い最中でラジオを聞きながら、仕事、プレスをしていても、耳にぱっと入ってきたときに、何か言っているなといって心に刺さるような言葉を紡ぐのが政治家の責任だと思います。それは市民とともに生きるというのは、そういうことだと思います。そういう意味で、これは政治の言葉ではないんです、私の中でいうと。政治の言葉ではない、例えば今おっしゃった矜持ということも、どれだけの人が矜持という言葉を書けますか、正確な意味を言えますか。でも、矜持という言葉に込められた思いというのは大切にして、これ矜持ってどういう言葉ですか。小学生にここで書いている矜持ということはどういう意味なんやろうと、例えば先生が教材にしてもらって、ここを書いた人はこんな注を書いているけど、こんな思い、あえて共に創る共創、未来共創チームじゃなくて、それは響くという言葉を当てたというのは、どんな思いでこれを当てはったんやと思います。こういう造語ってええのかな、悪いのかなということを問いかける材料にしてもらうのがあってもいいんじゃないかな。それは起草者のこだわりでもあります。起草者のこだわりを皆さんが共有して、これはこれとして何か人柄が立ち上ってくる文章だし、京都らしい文章、こだわりのある文章だというちょっとところどころ節がある。節をできるだけなくして分かりやすくほどいて、分かりやすく伝えるのは政治家の言葉なんだけど、25年間語り継いでもらって、場合によっては批判してもらうという意味では、そういう節みたいなものを残したほうがいいんじゃないかなと。僕はある時点で自分の中で腹落ち、そのことについて腹落ちをしたので、それ以上この言葉を全部平たい言葉にしてくださいとか、あるいはもっと漢字を少なくして平仮名を増やしてください、そういう言い方をするのやめようと。ただ、ルビは振ってください。漢字が読めない人にも、ルビを打ってください。あとは我々の責任として、これをいろいろな人たちに分かりやすくするために、これ本体は、これはこれとして、これを全部読まんでもええけど、ここで本体が書いていた言葉は皆さん方に分かる、私どもが言おうとしたのはこういう言葉というバージョンを恐らく5とか10とかというレベルじゃなくて、一人一人が語ってもらうという意味では、それが20も30ものバージョンが生まれていって、自分版の京都基本構想2026というものを、いろいろな人がつくってくれはるというやり方がいいんじゃないか。これが若い人たちと話したときのさっきの未来共創チームで話した人たちも、彼らも最初は分からへん、こんな言葉を使われてもと言ったんですよ。でも途中からふっと変わって、いや、これはこれでいいんちゃいますかと。むしろ我々が個々に刺さった部分を自分で伝えていったらいいんじゃないですかと。ある方は華道家でしたから、ここで自分が関わった自然と人間とか命をどういうふうに受け止めるかということ、京都基本構想の部分の一部を我々が受け取って、それを自分のお弟子さんに話をするというような形でもいいのですかねと言われて、「いや、それをやってほしいんです」ということを申し上げたので。だから、この文章自体について、あまりこれ以上それをいじって、言葉を置き換えて、しかし結果としてあまり人格性が立ち上らないような、どこにでもある言葉に置き換えていくことが、この構想を理解してもらうことではなくて、これはこれとして残して、それを違う人たちがこれを自分の言葉で言い換えればこういうことだと思っているねんと。自分の言葉で言い換えれば、こんな例えば、グラフィックレコーディングも議論の中で何度か使わせていただいたのですよ。グラフィックレコーディングの人たちが絵にして、それを今言っている議論ってこういうつながりですよねと、キーワードをピッと。そういうグラフィックレコーディングで、ここで語っていることはこういうことじゃないですかと言ってもらってもいいし。そこのバージョンをたくさんのバージョンを持つことを許すのが余白、若い人たちが言った余白、若い人たちはそれで納得しはったんですよ。余白というのは、我々はそう受け止めたい。そういうことではないかなと私は思っています。
記者
市民の受け止め方としてはいろいろあってしかるべきなんだと思うのですけども、これを市政の運営方針とするからには、京都市の職員さんは少なくとも聞かれたら、これはこういう意味ですというのをしっかり説明ができないといけないと思いますし、それぞればらばらでもあまりよくないんじゃないかと思うのです。そのあたり、市役所の中ではどういう感じですか。
市長
もちろん普通の想定問答的に言えば、それは本部会議というのをつくって、いろいろな各部局にも説明し、御意見も言ってやっているし、文章についても、各部署にも一応相談をしているのですが、それだけでは駄目だと思いますね。特に私は、これを長く市民と関わってくれるような、私が普段必ずしも意見交換ができないような若い人たちにも、この基本構想についての例えば対話集会を市役所で持つとか。どこかに呼ばれたら、僕はできるだけ、いろいろな式典とか行事が多いですよ、私。だけど、私にとって大事なことは、いろいろな毎年あるような式典に一つでも多く顔を出す、自分の名前を売る、そういうことではないと思うんですよ。私がやらないかんのは、例えばここで書いているようなことについて、この前もやったことは、喫茶店の人たちは2回やったんですよ。1回はクエスチョンでやって、喫茶店の人たちが企画してくれた会合で、そこは喫茶店以外の人も来てくれはったけど。それで2回目は明倫小学校、芸術センターでやって、やはりそういう話を僕が出かけて、喫茶店仲間でそれを一緒に座談する、私が講義するというより、座談をする中で、そういうことをやったら我々もこんなことをやってみたいという話が出てくると、喫茶店の世界、京都の喫茶文化としてこういうものをどう受け止めるかみたいなのが出てくるので、そういう場にいろいろ呼んでいただいたら出て、できたら私の中でいうと、言っても秘書の人は困るかもしれんけど、できたらそういうものを優先して私は出たい。なぜならば、私が今ここで市長をやっているというのは、私の東京での経験とか、私は大学で教え学んだ経験とかというのを、自分の役人人生、政治家とか、国会議員人生、それから大学の教員人生を最後、自分の中で総括するということなんですよ、私が今ここで立っているのは。それは結局、皆さん大体分かっていただいたんじゃないかと思うのですけど、私がずっとここでやっていることは、新しい公共ということなんですよ。これは市役所の職員に抽象的に新しい公共ってこんなことを考えていた、過去の文書を言っても分からないけど、結局ここで学び合いをつくるということ。あるいは、学びというのは誰か偉い人が一方的に高いところから低いところに水を流すようなことじゃなくて、循環するような、そういう教えと学びの循環みたいなものをつくることで、それは新しい公共というときに、公、政治とか行政が何か施しを加えて、受益者と何か政策の送り手というのは、2つが対峙しているんじゃなくて、それを循環させると。それをいろいろな場で私は実現するために人生の中でここにいるんだと、私は最近、何のために仕事をしているのかなと思うわけです。たまに夜中とか、夜中にコーヒーを飲むのはあまりよくないんだけど、眠れないから。だけど、夜中にコーヒーを飲みながら思うのは、やはりそれをするために僕はいるんですよ。だからそれを優先して、そういう場で話をして、自分の人生の中でこういうものがどういうふうに大事だと思っているのかと、それをそれぞれの部門の人たちと話し合いをする中で、こういう循環をどうつくっていく。新しい公共を実践する場としては、こんな地方自治ほど面白いところはないですよ。だからそう思うようにしているので、できるだけ私としてはやりたい。でも私の時間とかには限りがあるから、私の気持ちとかを汲んでくれた人が、また喫茶店のおやじさんでもいいし、区役所の職員でもいいし、区長さんでもいいし、そういう人たちが同じようなことを、どう循環をつくってくれるか、私1人ではとても限界があるので、その循環をつくり出すのが僕の仕事だと思います。
記者
ありがとうございます。最後に、この構想を市政の施策にどう具体的に生かしていくのかというところですけども、先ほどの学藝衆構想は目玉だということで打ち出しがありましたが、他の新京都戦略、具体的にどのように変えていこうと思っているのでしょうか。
市長
それは結構さっきの言葉の中で一つ一つ、こんなことを言って、例えば私も思うのですよね、温暖化対策とか難しいですよ。私自身から見たら、ここから先にもう一手、二手、どうやって打っていくのか、この言葉に恥ずべきじゃない。例えば地球環境対策をどうしていくのか、特に私は経済官庁にいましたから。これを経済の面から見てきた人間としては、なかなかこの次の一手って難しいよなと思うんだけど、昨日も鳩山総理の時代の演説で自分が書いた文章とかを改めて見つめながら思うけど、だけどやはり理想を忘れずに、その地域の現場で何ができるか、もう一歩踏み込めないかということですね。例えばここで言っていることは、自然の中で我々が生きているまちだという、その自然の中で生きているまちが、その自然の恵みをどうもう一歩次の時代に継ぐために、今までいろいろやってきたけど、もう一歩踏み込まないかん。それを分野別の計画の中でもう一歩どうつくっていけるか、この豊かな水というものを守るということについて、いろいろな政治的な狭間にいるけど、私はどういうふうに立ち振る舞いをすることが新幹線の問題1つを取ってみても、自分の人生、あるいはここで書いた理想と比べて恥ずべきではないかという、場合によっては、それは私が幾つか過去に市会でも言いましたが、十字架を背負うと言ったのは、こんな文章を書いて、こんな文章を提案した人間として、この文章に恥ずべき政策は打てない。これは私にとっては言ってみれば、まさに十字架を背負うというか、こんな文章に恥ずかしい政策ではないですかとか、こんな文章を書いたなら、もう一歩踏み込むべきじゃないかという意味での一つの理想。理想だけで人間は生きていないから、理想と現実のその狭間を縮めていくとかということで、例えばこれは私もお願いしたいのは、職員の皆さんにも分野別計画を改定するときには、ここで書いている価値というのを最大限有効に使って、それを推進したいと思う人たちが有効に使ってくださいと。その中ででも財政の縛りとか、実際に本当にどこまでの規制ができるのか、いろいろな人々の行動に。規制とアクセルのバランスをどうするのかというようなことは、最終的には政治判断をし、それは市民の審判に委ねていくというのが私の仕事であり、その市民の審判の材料を、こういう高みの理想論、理想論というか、高みというか、書いていることは割とベタなこと書いているのですけど、だけど、ある種の抽象論ですよ、ここで書いてあることは。だけど、それを具体的な政策として私がどんなことを市役所の職員と共にやるのかというのを、もっと具体的なプランに落とし込むのが新京都戦略の改定であり、分野別計画の改定であり、それを含めて、市民の皆さんに審判を仰いで、私がやっている方向性について、これで不十分なのか、もっとやれということなのか、おまえは失格だということなのかということを、もう問うていくのが政治家としての私の責任ですよね。
記者
そうしますと、新京都戦略の中では、温暖化対策・環境分野で変えると。
市長
いえ、そういうふうに一部を切り取らないでもらいたい。もちろんそういうこともあります。温暖化対策計画をこれからどうするのかということにふさわしいものを次の時代に、温暖化だけじゃなくて、生物多様性を次の時代にどう豊かな多様性をつないでいくのか、全部がそうですよ、まちづくり、例えばこんなことを言っているけど、共同体の中で生きているというけど、じゃあ今の町内会ってこれでいいんですか。私は町内会の問題とか、地域コミュニティの一つの政策としても学藝衆は有効だと思っていて、それが何を題材にして交じっていくのか、場合によっては、その地域だけじゃなくて、ほかのよその新しい学生さんをどう受け入れるか、あるいは他所の地域の人たちもそこに住んでもらうかという意味でも使えるものとして言っているのですけど、それぞれの分野であるわけですよ。共同体政策として、ここまで言っているけど、いいんですか、あるいはほんまもんと言っているけど、今のこのまちの現状とか、観光客と市民生活の調和ってこれでいいんでしょうか。0.1市民と言ったときに、観光客も0.1市民ですよね、その人たちの負担というのはこれでいいんでしょうか、僕はいいですと、0.1市民と言うからには、京都のまちの美を享受していただきたいと同時に、負担の在り方も考えてほしい。だから、それは0.1市民に対する私は、例えば宿泊税にしても市民優先価格にしても、それは一つの私の答えなんです。そういうふうに一つ一つの政策が、やはり最後はここに立ち返って、おまえはどう思うんだということを問いかけるという姿勢を僕は持ちたいし、それは職員にもそういう呼びかけをしていきたいと思います。
記者
もう一問だけいいですか。
市長
どうぞ。
記者
ありがとうございます。今具体的な市バスの市民優先価格とか宿泊税のお話がありましたけれども、今回の基本構想には、市民だけじゃなくて、市に関わる方たち、市を離れた人や観光客等も関わりを続けていこう、物理的な隔たりを越えていこうというふうにありますよね。例えばその優先価格を、住民票のある市民を優先するということになれば、こういった構想の文章と矛盾するようなことにならないのでしょうか。
市長
今申し上げたことを聞いていただけましたでしょうか。矛盾しないと思います。やり方とか打ち出しとか、基本的な心根において、僕は全く矛盾しないと思います。それを排除して、おまえたちは来たいやつだけ来いと、その分、木戸銭を払って来いと言うなら矛盾しますよ。私はそう思っていないんですよ。むしろ、京都のことを愛してくださるならば、京都はやはり一部の路線で混雑する。そのときに少しでもそれを私は財源にして市民にちゃんと還元していきたいと思います。要するに、観光客の方々がこれだけお金を落としてくださっているから、逆に京都のまちはこういうことがよくなった。京都の例えば子育てがこういうことはよくなったんですよと。それはその財源をどこに使うかということにおいて、一定の質の制限はかかりますけど、玉突きも含めて言えば、そういうことで市民の皆さんには観光客に来てもらって混雑もするかもしれないけど、こういう我々にとっては観光客の方々も御負担いただいて、まちづくりに貢献していただいているんだ。だから観光客の方々を我々は迎えましょうよ。もしマナーとかそんなもので問題があれば、それは我々がちゃんと教える、伝えていく。また彼らの言い分も聞いていく。例えば、立って歩きながら食事をするというのは、京都においてはお祭りの屋台のときなんかは別にあるけど、伝統的にはそういうことはあまりしないんですよということをどう伝えていくかというようなことも含めて。だけど文化というのは、お互い影響し合って変わっていくから、今までも我々が御先祖さんから教わってきたことが、これはもう金科玉条、一歩も譲れへんという姿勢ではなくて、そういう文化の人たちもいはるならば、それもありかもねという部分もあってもいいと思いますけど。やはりそれはお互いに観光都市というのは、異文化と接触して、お互い気づきを持って、相手にも「そうなのか」と、やはり僕はいまだに時々町家で靴を脱がずに上がる。それは楽かもしれないけど、でもやはり僕の中でいうと、畳の上とか廊下、木の廊下、普通だったら畳が横にあって、そこの廊下に靴を履いたまま上がるというのはいまだに僕は違和感がありますけど、でもそういうふうに、それをきれいにして、入り口で靴の汚れを拭ってもらって、気軽に楽しんでもらえる、そういう価値観というのがあると。じゃあそういうやり方がおかしいと排除するのは、僕は行き過ぎだと思うんですよ。だけど、できたら畳の上には靴を脱いで上がってもらうと、やはりこういう風習は、私は大切にしてほしいと思うし、あまり店先でしゃがみ込んで、そこで何か飲食をするとか、これはほかのまちでヨーロッパの観光都市に行くといっぱいありますよね。だけど京都では、やはりそういうのは京都の中ではちょっとインポライトですよということはちゃんと伝えて、京都では我々はこういうふうに楽しんでもらいたいともっと僕らが伝えて、そうだというふうに僕らが説教をするんじゃなくて、彼ら同士が、いや、やはり京都ってこういう文化だし、それは大切にした方がいいよとお互いが言ってくれるような関係をつくり出すということに、ちゃんと頂いたものを使っていくとか。あるいは、さっきも申し上げましたように、頂いたもので、こういう子どもたちがこういう形で無料のアートの体験ができますよと、スポーツの無料招待をしますよというようなことで、観光の客の方々からこういうお金を頂いて、だからこれができているんですよ。やはり京都のまちって、それがすごく恵まれたところですよねというふうに認識してもらえるような形にするというのが、僕は広い意味での0.1市民を大切にするということとつながっていると思っているので、それは同じ0.1市民と言いながら、同じ政策を打っても、心根、そのお金の使い方、あるいはその御負担いただく人たちに対する説明、それも含めて考えないと、おっしゃったような反面を向いているんじゃないかという議論にもなりかねないから、そこは丁寧に説明していかなければいけないと思います。
記者
ありがとうございました。
記者
市議会でも再三出ましたけれども、この京都基本構想をどのように市民に読んでもらうか、いろいろ述べて噛んでもらうかということについてお尋ねします。皆日本がこれからどうなるのかって何となく暗雲が立ち込めているような不安を持っている中で、長期のスパンに移行してみようよというこのお仕事は、私にとっては行政ってこういう長期の絵を描くようなことができるお仕事があるんだなというのは、すごく勉強させていただきました。これを読んでもったいないと思うんです。やはり、それこそいろいろな人材が集まって、労力と時間をかけて練り上げられたものなので、これをどう読んでもらうかというときに、伝えるのは多分私もその一角を担うべきですが、なかなか要約が難しいし、一言で言ってしまったら魅力も失われてしまうので。では、どう伝えるかというところを具体的に腹案がありましたら教えてください。
市長
今申し上げてきたような、いろいろな伝え方があると思います。例えば、今日スライドで示したようなものを、もっとイラストとかを含めて分かりやすく読んでもらう。例えば小学生なんかに普通、時間的ないろいろな中でこういうものを扱っていただけるときに、これを例えば会見だけでも私は今相当時間を費やしてしゃべっているわけですよね。それを記者の皆さんに理解いただけるような言葉でしゃべっているつもりですけど、例えば小学生に今同じことを見せてもやはり分からないし、集中も続かないかもしれない。だからそのときにどれぐらいの分量で、どれぐらい例えば挿絵を使いながら、どういうキーワードをピックアップするかという、そういうバージョンを例えば小学生向けに作るとか。あるいは今、外国の観光客なんかも来ていただいている中で、それをどういうふうに例えば英語にして分かりやすく、それも外国の方々でも研究者とか、ある種の京都について非常に高い関心と、それから非常に知的なバッググランドがある人は、これを文章にして、英語にして伝えても読んでくださるかもしれないけど、一般の旅行者の方々がそこまでしてこんな文章を読もうということではない人たちに、私たちの京都のまち柄として特に訴えたい、外国の来訪者の方々に訴えたいことってこういうことですよということを伝えていくとか、あるいはバージョンとして、もうちょっと政策的に展開したものとセットで、例えばこういうものを基本構想があった中で、我々はこれについては、例えばさっきの外国の観光客、インバウンドの観光客をお迎えするに当たっては、こんなことを考えているんですよという、それぞれのフィールドの人ごとにもう少し分かりやすく、具体的な例えば政策の説明の中で使っていくとか、いろいろな使い方が対象と、それから対象の例えば受け手の方々の属性、要するに年代であるとか、どういう職業の方であるとか、それからその方々に具体的に京都のまちでこの基本的な哲学・理念に基づいて、こんな政策をやっているんですよというのをセットにして説明するとか、いろいろな可能性を、これは私だけではなくて、もっといろいろな立場でこれを見てくる人たち、あるいは区役所の職員さんなんかも含めて、これを例えばどこかに置いてきたときに、市民の皆さんの反応を受けて、それをもっと分かりやすく伝えていくというバージョンをどれだけつくっていくか、大事な仕事はこの基本構想をつくったら終わりということはなくて、多くの優秀な職員がこの基本構想づくりにも携わっていただいて、それぞれがいろいろな感想も持っていると思うのです。1回僕は仕事が終わったら、そういう職員の皆さんの、これに携わった人たちの意見も聞いてみながら、それをどういうふうに展開していくのか。今おっしゃったような形でどういう展開の考え方があるかという、そのメニューを出してもらって、これはいいね、ここまでは僕が実際に出向いていけるかもしれないけど、僕が出向けないようなものについてどんなふうにやっていくのか。例えば、学校で生徒さん、児童生徒の皆さんに伝えるとしたら、先生方が最後にそれを受け止めてくださらなければいけない。先生方に対して、どんなふうにそれを説明する機会をつくっていくのかというようなことも含めて考えていきたいと思います。
記者
この会見が終わったら、市のホームページに京都基本構想ってアップされると聞いているのですけれども、市長がおっしゃったように、政治の言葉じゃないし、行政文書でもちょっと言い難い魅力があると思うので、もうちょっと見せ方も違う方法の方が手に取ってもらいやすいような気もするし、そういう何か具体的などういう形でどういうものをつくるかというのは、いろいろ検討されるのでしょうか。
市長
はい、そうです。単にポンとやって、普通の京都市情報館でPDFをポンと貼り付けるという、これは資料的にはそれは意味があることですよね。あるいは京都市会の先生方の中には、これの議事録をすごく読み込んでくださった方が会派を超えていらっしゃって、その方々は議事録も含めてセットで出してくれと、セットで出すとか、議事録を全部公開していますから、それをどういうふうに分かりやすくするか。テーマごとに、それはいろいろな形で今DXの時代ですから、どこまで京都市がやるのか、やらなくてもデータを出していれば、いろいろな形で検索もできますからやれるのですけれど、関連する審議会での議論とか、あるいは未来共創チームでの議論というのをどう分かりやすく示すかということも含めて、これは工夫の余地は多々あると思います。これは普通の文章ではないので、その工夫を特にまた担当部局の職員の皆さんと相談しながら、場合によっては、その担当部局以外の人たちの素の声も聞いていただきながら考えていきたいと思います。担当部局以外の人たちだからこそ、僕はよくこれについて噛み締めて、使える部分は市長を責めるのに使ってもらいたいと思うのですが、市長を責めるのにというのは、要するに行財政を含めて、僕は例えば限られた予算とかの中でいろいろなものの施策を査定しないかんわけですが、いや、こんなことを言っているんやったら、もっとこういうことを認めてくださいとか、これをテコにして、いろいろな政策提案をしてもらうというのが本当の意味なんですよね。だからまずは本当のことを言うと、市役所の職員の中でもっと共有する機会を持って、これを上手に使えよと。使えよって言葉は乱暴ですけど、これを上手に使っていろいろな政策をブレストしてください。どんなことができるか、これが本当にここに書いてある価値を高めるために、やはりこういうことが必要なんじゃないかという、市役所の職員自身がのびのびといろいろな政策の要望を出してほしいと思います。全部は叶えられへんけど、それをフリーにディスカッションできないと。市役所の中でディスカッションができなければ、市民の間でディスカッションなんかなかなかできない。まず解を示せと言うなら、市役所の中のディスカッションでこれを上手に使ってもらうということも必要だと思います。同時並行ですね。それと現場で、例えば教育現場でこれをどういうふうに扱ってもらうか、それにふさわしい材料、これは教える側の先生方の意見も聞きながら、これぐらいの冊子にまとめてくれはったらいいんじゃないかと、例えば低学年向けにこれを言ってもなかなか難しいですよ。ルビを振っても、この言葉の意味っていきなり小学校1年生・2年生、でも本当は小学校1年生・2年生にこのエッセンス、この言葉の意味は分からなくてもいいから、彼ら・彼女らに分かってもらえる言葉で、このエッセンスの本質をどういうふうに描いたらいいのかということを、これは言葉のコミュニケーションの専門家の意見なんかも聞きながら、材料を作っていって、本当はこれを学習の素材にしてほしいと思うんですよね。
一般質問
記者
今年の漢字が本日発表になるということで、もう年末まで来たというところで、市長にとっての今年の漢字1字を教えていただきたいのと、今年の市政を振り返って、成果と課題を教えてください。
市長
意味は、学藝衆の衆でもあるのですが、大切なのは市民だと思うんです。さっきも言いましたけど、新しい公共というのも、市長になったときに新しい公共って何ですかといろいろな職員から尋ねられて、いろいろな言葉とか、私が過去に使った言葉も伝えたのですけど、やはりまだそれは道半ばだと思うんです。やはりこういう学び合い、教え合い、学び合いみたいな、自分の人生でいうと、やはり福沢先生の言葉ですが、半学半教、それは学習とか教えとかということだけじゃなくて、いろいろな人々の生活にとっても、それは助け合い、あるときは助けて支える、あるときは支えられる。それが循環しているのが、私の思う公共の在り方、それは新しい公共ということであって、そのときに鍵となるのが、やはり人々であると思います。なので、学藝衆の衆。学藝衆の藝がいいんじゃないかというふうにも言われたのですけど、藝というと、どうしてもそれは高みのある、極めていく、極められない人にとっては藝って違うのかという話になるので、やはり学藝衆でいうと衆という言葉、あるいは教え学ぶその連鎖の連なり、「連」もいいかなとは思ったのですけど、でも学藝衆に使っている言葉なので、「衆」かなと思います。それが一つですね。あと何でしたっけ。
記者
今年の市政を振り返っていただいて、課題と成果を教えてください。
市長
またこれ以上長くしゃべるのがいいかどうかはありますけど、しゃべった方がいいですか。
記者
簡単にできれば。
市長
いろいろな分野でいろいろなことができたとは思いますけれど、やはり何から始めるのがいいですかね、ちょっと待ってくださいね。成果と課題という意味では、私が市長になってから、まさに一つは、こういう形で京都基本構想というまちの理想論というのを、こういう議論ができた。これはまさに今ずっと質問が出ているように、それはオンゴーイングです。こういう議論をしたプロセスも私にとっては大事だけど、これからそれを市民とともに、こういう考え方を多くの幅広い人たちに伝えて、そしてそれを展開していくというプロセス自体が私はまちづくりだと思っていて、それは何かというと、誰かがまちづくりの在り方とバンッと示して、これで行きます、だからKPIをつくって、これでこんなふうにやります、それでどうですかというよりは、考えてもらう。それが、私が今ここに立っている意味だとは思います。その上で私の中で言うと、まちづくりって私自身がこの1年間で示してきたことで言うと、せっかくちょっと忘れたらあかんと思ってメモをしてきたのですけど、新京都戦略で幾つか言いました。新京都戦略の3つのキーワード、「ひらく」「きわめる」「つなぐ」、それに応じて御説明したいと思いますが、「ひらく」というキーワードで言うと、例えば「*** (アスタリスク)in Residence」、今年はニュイブランシュを日仏共同でやりました。やはり突き抜けた人のアーティスト、これはどっちかというと、今まではアーティストが中心でありますが、それをアーティストだけじゃなくて科学者、あるいはアントレプレナー、あるいはクラフトマン、そんな人たちを優れた、その分野で才能のある人を京都に引っ張ってきて、京都で創作活動してもらおう。これは観光都市京都ではなくて、むしろ創作、クリエイティブな活動をしてもらうまち京都として、それをイン・レジデンス、京都のまちでそういう人たちがある程度長期で、アーティスト・イン・レジデンスの場合、2か月とか3か月とか、京都で活動してもらうということ、これはさっきの学藝衆構想の一つのセグメントにもなるようなものですから、「***(アスタリスク) in Residence」というものをある程度立ち上げられることができた。ただ、これは御寄附に基づいてやっている事業なんですね。これをどういうふうに本来予算の中で落とし込んで、恒常的にやっていくようにするのか、これはもう当然、学藝衆構想とコラボレーションしていかなければいけないし、国際的にまさにヴィラ九条山であるとか、ヴィラ鴨川みたいな、フランス政府とかドイツ政府はそれをやってくださっている、そういうところとコラボしていくということも必要ですが、こういう例えば、ひらくという概念ではそれができた。あるいは例えば、さっきの「場」という中で図書館というのを言いましたが、図書館について、ポップアップライブラリー京都を今まさにやっていますけれど、図書館の在り方を、サードプレイスとかフォースプレイスとして、どういうふうに単に本を借りて読んでという場ではなくて、しーっという黙って本を読むという場ではなくて、そのことの機能も大事ですけど、その機能をどう多様化するか、あるいは京都にたくさん図書館がありますが、残念ながらちょっとそれぞれ小さくて老朽化しているところもあります。図書館をどういうふうに開く、今までもちろんパブリックライブラリですから開いているんですが、その機能を多様化するというようなことを始められた。それから、やはりそういう意味で開いていくと、さっき宿泊税の御質問もありましたけど、やはり宿泊税というものについて、市民生活と観光の調和・両立というものをどう進めるのかということで、宿泊税を御議決いただいて、この3月、年度末から開始されるという、外の人をこの京都のまちにどう貢献していただくか、市民優先価格も大分煮詰まってきていて、恐らく年明けにはいろいろ具体的なもうちょっと制度設計が明らかになっていくと思うのですが、そこは9年度の実施でありますが、それは相当進んでいったということが、ひらくの中のジャンルの一つの成果だと思いますし、今申し上げたように、それは当然これから課題もあります。
「きわめる」という意味でいうと、これは攻めの都市経営という意味では、企業立地をどれだけすばらしい企業に京都に来てもらって、企業が京都で経済的な活動をしっかりやって、雇用の受け皿をつくっていくということも大事であって、これは例えば、企業立地って日本電気硝子の京都駅前の移転の決定であるとか、SAMCOの先端技術開発棟の竣工であるとか、堀場製作所の本社棟のこの前、鍬入れ式がありましたけれど、そういうもの、あるいはもうちょっとさっきの喫茶文化というものをどういうふうに展開していくかというと、これはマドラグという喫茶店を傘下に収められたサンマルクホールディングが京都に本社機能を移転してくださって、これは単に事業をチェーン展開するということだけじゃなくて、そういう個人店みたいなものをどう支えるかということにも関心を持っていて、そういうところの企業誘致をある程度前に進められた。あるいは半導体人材育成という意味では、これはこれからさらに府市、それから国の協力を得ながら、産業界と具体的なプランをつくっていかなければいけませんが、実際に国の半導体人材育成拠点形成事業に京都大学や京都工芸繊維大学の共同事業が採択されたとか、京都リサーチパークに私もオープニングで伺いました、日本IBMの開発拠点が形成されたというような成果があった。あるいは、いろいろ御議論もありますけれど、私は京都駅の東南部にチームラボが開設された。私は決して、あれはジェントリフィケーションということを回避して、しっかりこれからのまちづくりの意味で、これからもチームラボさんと協調していかなきゃいかんのですけども、町内会にも入っていただきましたし、すばらしい鴨川の近くの自然も生かしながら、これからあの地域を文化的な拠点としてどう使っていくか、この前、焚き火を囲む会のときに、芸大の小山田先生とも話したのですが、確かにあのまちを商用開発でいうビルが乱立するということだけではなくて、別にビル、イコール悪ではないですけれど、やはりにぎわいを持って、アートのまちにしていかなければいけないので、そういう意味では、村上隆さんが、これはオープンなものではないですけど、そこに1つのアトリエを造ってくださるというようなことも含めて、やはりあそこに多様なアーティスト、アーティストのいいところはお互いに違う、自分の流儀が違うものをお互いに受け入れていただいて、むしろ交わっていただくということが私はアーティストらしい共存の在り方だと思うので、そういうまちづくりに一歩踏み出せたというのは、これは成果があったのかなと思います。
それから最後、「つなぐ」という意味では、やはり子育てという意味で、第2子以降の保育料の無償化、今般、幼稚園の部分にもそれをある程度展開していきたいということも表明させていただきましたが、これを創設できて、実施できているということ、それから京都安心住まい応援金というものを、これ幸いにして好評でありまして、これをどういうふうに次の展開をしていくかということは課題でもありますが、非常に反応が多かった政策であります。さらには、先ほどの学藝衆とも軌を一にしますけども、区Hubという概念で、区役所自体をいろいろな交流拠点にしていこうということを政策として植えつけられて、これはそれぞれの区役所が今一生懸命取り組んでくれているというのも、この前も区長さんの今年度定年になる方々と懇親したのですが、それぞれなりにいろいろ考えていただいて、展開を検討していただいているし、そこのコンテンツとして使ってくださいと言っているのが、さっきの学藝衆ということでありますし、例えば子育てと言うものを広くいえば、これは学藝衆ともつながる概念ですが、京都府西脇知事等にお願いして、やはり京都府下でやっているものを、ぜひ京都市で京都版ミニ・ミュンヘン、これは知事も了解していただきました。京都は単発でやっているんじゃなくて、ちょっと継続して2、3年はやりましょうと。こういう京都の方々にとって次の学びにつながるようなものをつくっていきたいと思いますし、これは先ほどのつなぐという、子育てということでもあり、それはきわめるということにもつながりますけど、探究エキスポというのを、これはどちらかというと私が提案して、府がすごくポジティブに受け止めてくださって、府立高校、市立高校のジョイントの探究学習のエキスポがまもなく2回目を迎えますが、それを展開できて、知事に非常に喜んでいただいて、むしろ知事から、これを次に向けてどう展開するかということを考えたいねというふうに言っていただいているぐらい、夏、それこそ我々の管轄でいうと、苔寺さんとか、清水寺で府立高校、市立高校の学校をまたがって、そのグループワークを1日間使って、御住職の話を聞いたり、お庭を巡ったり、境内を巡ったりしながらグループディスカッションが行われて、生徒たちが実行委員会というのをつくってくれて、本当に学校横断で30人とかという単位で実行委員会をつくってくれて、これは大学のまさにフェスティバルがあるのと同じように、高校生がそうやって一緒に事業として企画をして、これを次どう展開していくか、2年目で、次3年目はどうしていくかということは、またこれから相談するのですけど、こういう探究学習で市立高校、府立高校の枠を超えた、学校の枠は当然のことながら、市立・府立も超えた探究学習の輪が広がっていって、確実にそれが深まっているというようなことも成果かなと思います。その上で課題という意味は、やはり本源的な問題、京都のまちの本物が本当に薄れて、大量消費の対象になっているんじゃないか、特定の具体的な事例は言いませんけれど、やはりにぎわいがあればいいということではなくて、にぎわいの中で、そのまちが築き上げてきた本質みたいなものが失われる兆しがあるならば、それに対してしっかり手を打たなければいけないと思いますし、それをまちづくりも含めて、本当に例えば観光客がこれからもし増えていくとしたら、それをどう受け止めて、どういうふうな動線でそれを京都のまちを、広い意味での京都のまち、京都市地域を越えて循環してもらうのか。その中で本当に過去の累々たる方々のお力によって形成されてきた京都の町並みであるとか、庭園であるとか、そういうものをどう残していくのか、それは文化財とか、そういうもの、未指定のものまで含めて、そういう古い旧家に残っている昭和骨董みたいなものをどう残していって、その場合にはどう修理していくのか、例えば修理・復元する人材というのがこのままで行くと、そのまま自然に残ってくださるとは限らないので、そういうものを広くどう支えていくのがいいのか。例えば花街というのがありますけれど、場合によっては、その花街を支えるような職人さんたちというのが本当に自動的に残ってくださっているのか。その実態というものをしっかり調べて、場合によっては、今まではお祭りにしても文化にしても、京都の非常に奥深い、例えばまち衆がお祭りを継承してくださっている、それは続いているものもありますが、自動的に続いていくのか、ひょっとしたらその内部で非常に大きな課題があるのか。例えばいろいろなものがありますね、送り火のときの木材、そういったものの赤松というのが本当に自然で生えていって、それが残して、送り火が続けられるのかどうか、幸いにして京都の五山の送り火は担い手はいらっしゃいます。一生懸命続けていただいていますが、例えばその材料って大丈夫なのか、芸妓さん・舞妓さんのかんざしを作れる職人さんが今何人残っているのか、あるいは髪を結える方々がどれぐらいの方々が残っておられるのかということも含めて、今までは行政はそんなことをやらんでも、その道の人たちが再循環してくださっていたものが、ひょっとしたら再循環が厳しくなっているんじゃないか。それは本物の滅失ということにつながりかねないので、例えば京都の伝統的な町家をどう残して、その町家を補修・修復できるような職人さんをどう残していくのかというようなことも含めて、我々の課題だと思います。
それも一つの課題として、ここは私が申し上げなければいけないのは、コンプライアンスの問題でありまして、これは夏場に大きな問題があって、私自身が本部会議をやって、一定の調査をして、今後の再発防止について手立ては打ちましたが、最近も若干、個人情報の扱いなどでずさんなものがあったり、あるいは関連事業者との関係で、どこまでこれは個人情報ではないですけれど、例えばシステムのエラーというようなものが行われていて、どうも今まだ調査中でありますが、そういうシステムや、例えば駐車場のシステムなんかについて、ちゃんと発注側と受注側でどこまですり合わせがなされていたかというようなことも含めて、これは関連、外郭団体と市役所の関係、あるいはその事業者の関係を含めて、もう一回点検して、特に個人情報の点は、これは市役所自身も今こういう時代の中でいろいろなサイバー的な対象になるという、これはもう市役所も外郭団体も皆大学なんかも、そういう企業もそうですが、これに対して防御していく、特に我々は個人情報を扱っている職場ですので、それをどういうふうに保護していくかということは、今回のヒューマンエラーも含めて、ヒューマンエラーなのか、システムエラーなのか、あるいは技術的な面についてどういう防御を固めていくのかも含めて、しっかりと再検証しなければいけない。そこは大きな課題だと思っています。
記者
経済対策のお話で、関連でお伺いしたいのですけれども、先週の会見でもありましたけれども、国の経済対策の補正予算について国の経済対策の補正予算について、衆議院を通過して、12日にも可決される見通しだと思います。京都市としてはどのメニューを考えるというのは、この議論はもう最終の詰めの段階だと思いますけれども、多くの自治体が景費率の悪さだとかのほう、お米券の配布とかをしないと明言されている自治体も多い中で、市として選択肢の中にあるのか、どのようなメニューを考えていらっしゃるというところは市民の皆さんの関心事項でもあると思いますので、進捗を教えていただけたらと思います。
市長
なかなか今予算は参議院に審議が移っていますけれど、まだ具体的な金額は示されていないのです。はよやれということだけで、はよやれはいいんだけど、具体的な金額が分からないというのは、我々としては非常にやりにくいところで、その中でもいろいろ情報収集に努めながら、今どんな案が可能なのかしっかりと検討していますので、これはもちろん市会で御議決いただかなければいかんのは当然ですが、どこか改めてその検討の結果は明らかにする機会はつくりたいと思っておりますが、私としてはできるだけ即効性は大事だと思います。それからいろいろ聞くのは、私もさっき「衆」という文字を出しましたけど、やはり人々といろいろな率直な意見を聞くような機会を自分なりにつくっているのですが、やはり年の瀬、厳しいという意見が多いです。本当は年の瀬で何とかできるようなものを考えたいのですが、他方は、これはジレンマもありまして、やはり将来につながるようなものにしていかなければいけないし、今後いろいろなこういう経済対策を臨機応変に打っていくということになって、次につながっていくようなシステムも考えていかなければいけないし、ワンショットで何か印刷をして配るとかというのは、結構それも実は時間がかかるし、次につながらないのですよね。だからできるだけ多くの方々にしっかりと迅速に届けるような仕組みをつくって、私個人の思いとしては、物価高対策というのはいろいろな市民生活に出ています。もちろんお米代が高いという方もいらっしゃるけど、私自身はもうちょっと汎用性のあるものでお届けするほうが、今の私が聞いている、そして市役所の職員も含めて、皆いろいろ市民の声に耳をすますようにしていますが、そのほうがいいのかなと私自身は思っています。あとはだから、できるだけ本当に厳しい人たちに対して何を届けるのか、それからやはり今後臨機応変にいろいろな形で施策をお届けできるような仕組みをどうつくっていくのか、これをできるだけ短期でやるようなことを検討してほしいとは言っているのですが、ある程度時間がかかります。やはり予算はまだ決定もされていませんし、金額も分かりませんから、その中で今市役所の中でありますが、一生懸命衆知を集めて検討しているので、近い将来、しっかりお示ししたいと思います。
記者
ありがとうございます。お話を聞いているとお米券は選択肢の中には入っていないということですか。
市長
いやいや、別に今現時点で検討中の段階なので、いろいろな選択肢を別に今現時点でこれを排除するとかというようなつもりはないですが、私個人の思いでいうと、そういう声もありますけど、もうちょっと汎用性があって、それはお米にも使えるけどというものにしたほうが、より市民の私が感じている今の声にはしたかったものかなとは思います。
記者
ありがとうございます。
もう一点、北陸新幹線のことについてお伺いしたいと思います。本日の12日から与党プロジェクトチームの新たな会合が始まるということで、それを前に昨日、維新の吉村大阪府知事は、会見で自公政権の時代の与党PTがあまり開かれた場でなかったというのを念頭に、フルオープンでの議論だったりとか、手続きの透明性というものを求められたかと思います。松井市長もかねてから、市民の体感的な納得が必要というふうにいろいろな場で御発言されてきたと思うのですけれども、今後の議論に求められるものであったりとか、どうしたら市民の体感的納得が今後得られるようになるか、お考えを聞かせてください。
市長
まずは今、8パターンのルート案が示されているということなので、私、この前目を皿のようにして見たいと言っているのは、新しいルートもあって、それが本当にどこを通るのか、あの縮尺の地図で見ても分からへんのですよ、例えば東のほうのルートをどう通って、どういうやり方なのかと。そういう意味では関心もありますし、物すごく注視していきたいという気持ちは持っているんです。他方で、京都市域以外を含めて通るものについて、先日も議会で福井の議決があったというような話も聞くのですが、それぞれの地域が、例えば私どもが5つの懸念・課題と言っているように、それぞれの地域はそれぞれの地域の課題がありますよ。それをお互いが国策としてどのルートがいいのかという検証をするときに、うちの地元はこれがいいとかあれがいいとか、これは絶対に困るとかというようなことを言い出していくと、これは議論に収拾がつかないんじゃないかなと思うんです。ですから、それはあくまでも我々は求められれば、どこでも意見を言いに来いよと言われたら行きますけど、今のそのルート選定の段階で、いろいろな自治体がそれを銘々に言って、オープンの場ですから、いや、言いたいことを言わせてもらいますと言ったのでは、ちょっと僕の余計な心配かもしれません。昔、国会議員もしていましたので、与党も野党も経験しているので、そういう形で今の段階で、各自治体をお呼びになるようなことはされないんじゃないかなとは思います。ただ、議論としては、私自身が京都市域を通るということだったら、まずその5つの懸念・課題、これはどっちかというと社会的なコスト、コストというのは単に金銭的なコストだけじゃなくて、こういう課題をどうクリアするかということを市民の納得を得ないと、どのような利便性があるにしても、それはしんどいことじゃないかということを申し上げているのですが、事業というのは、まさにB/Cというのはそのことで、どんな利便性があるのか、利便性というのは、いざというときにどんな機能を果たすのかという、どういう成果が得られるのかということと、それが社会的な環境負荷とか、それは金銭的に影響を可視化できるかどうか分からないような問題まで含めて、その事業に伴ういろいろな社会的な負担の在り方と、そのバランスを考えなければいけないのは当然であって、そういう意味で、もし京都に関連したものであるとしたならば、我々としては、それがどのような懸念・課題があるのかということは申し上げなければいけないし、逆に言えば、その懸念・課題というものを納得させた上で理解を得るためのどんな京都市民にとっての便益があるのか、プラスの効果があるのかということも含めて判断しなければいけないのは当然であって、それは事業によっては、便益というものが極めて実感しにくいものもあれば、便益は確かにそうこういうルートを通ってくださったら、京都市民にとってはこういう効果があるよね、だけど具体的にどんな懸念・課題があるのか、そこをクリアするか、今両方を見ながら首長としては判断し、市民の皆さんに説明する責任があると思うのです。現時点では、開かれた議論は大いになさったら結構ですし、これからプロジェクトチームは今日ですか。今ぐらいがキックオフぐらいですか。どういう議論の仕方をされるのか。これは国政上の問題なので、我々がとやかく言いませんけど、今申し上げたような視点で注視しています。
記者
今各自治体で公用車搭載のカーナビ映像システムの問題というのが結構取り上げられていまして、京都市では、そういった調査をやっているのかどうかというところをまずお伺いしたいのと、それで何か受信料未払いとか、結構な金額を支払うというふうな事例も結構各自治体で発表があったりとかしているので。
市長
公用車のカーナビゲーションですか。
記者
カーナビです。
市長
すみません、今私がこうやって聞き返しているように、私のところにはその話は上がってきていません。
記者
そうなんですね、なるほどなるほど。
市長
というか、恐らく京都市の公用車ってすごい少なくて、もちろん例えば区役所なんかでいろいろな域内を運行するときに、いわゆる区長の専用車とかは区役所にないのですけれど、業務用を使っている車はありますよね。そこのナビゲーションというのは普通にあるのでしょうから、それをどうしているのか、何かひょっとしたら実務的にはあるのかもしれませんが、私が今その問題について、まだ私のところには上がってきている状況ではないですね。ただ、ちなみに私が使わせていただいている公用車は民間委託なのです。私のみならず、京都市の幹部が使わせていただいている公用車も、公用車というか、例えば市長、副市長が使わせてもらっているものに関していうと、議長とか副議長はまだ運転手さんがいらっしゃって、京都市所有の車両かもしれませんが、私が使わせてもらっているのは、民間の入札していただいて、そこに選定している事業者、タクシー会社の車なので、恐らく我々自身の問題では直接ないかもしれません。
記者
なるほど、そういう形なのですね。それで値段の負担がかかってくるとかというふうなことは、今のところはちょっと考えていないというふうな。
市長
いやいや、あるのかもしれません。あるのかもしれませんが、少なくとも私のところに今報告が上がってきて、どうしましょうかという状況にはなっていないですね。
記者
分かりました、すみませんでした。
記者
青森県東方沖で大きな地震がありましたけれども、これについては京都市のほうで何か支援などとかは今後考えていることはありますでしょうか。
市長
これはその後の被害、今現在も後発地震の警戒が必要な状況ですから、その情報収集をした上で、しっかりと指定都市市長会の市長同士で横の連絡もありまして、どういう支援をするかということは、そこでもちょっと御相談をしなければならないねという話も出てきているので、しっかりこの後、情報を収集して、まずは警戒して、具体的な支援の在り方についてはしっかり考えていきたいと思います。
記者
先ほど京都駅南東地区のチームラボのお話とかがありまして、改めて今年起きたこのチームラボのオープンとか、村上隆さんの用地取得とかも、市立芸大のオープンもあって、それを契機に駅の南東部でどのようなまちづくりを進めていきたいのか、その構想を教えていただけますか。
市長
これはやはりアート、文化芸術を中心としたまちづくりというのがいいのではないかなというふうに、従来から私も前市長からも引き継いで、その中でチームラボさんとも村上隆さんとも何度か話をさせていただいていて、やはり地域に根づいていただきたい。村上さんの場合は、今はまだ用地を取得されたばかりで、ただ基本的には、もう最初からここは別に一般の人たちに広げるということでなくて作業場なので、ただそこにはカイカイキキの方々を含めて、若いアーティストも含めてたくさん出入りをして、いろいろな形で将来の創作活動においての地域連携はあり得るけど、あの場自体で何かにぎわいの場をつくるとかということではないという話ですので、1つのスタジオというふうなことでありますし、チームラボさんはずっと私は申し上げていて、やはりその地域とできるだけ馴染んでほしい。地域の子どもたちにデジタルアートの体験をさせていただくというような機会、実際、お祭りでお絵かき水族館をチームラボの人たちが古い建物を使って、その一室を使いながら、実際にチームラボでやっているおられるようなシステムを導入して、体験していただいたり、町内会に御入会いただいたりしながら、大切なことはやはり地域とつながりを持つ。それからアーティストって、もうそれぞれ多様だと思うのですよ。僕はアーティストのリベラルでいいところは、自分と違う価値観のものもお互い認め合って、場合によっては創発をしていただくということが大切なので、そういう在り方をチームラボさんにも求めていきたいと思いますし、近隣の方々、アーティストの方々も、もちろんアーティスト同士でいろいろな流儀の違いがありますけれど、その違う流儀のアートというものをお互いに尊重し合って、そしてできるだけその地域に根差した住民の方々を総取替えするような、いわゆるジェントリフィケーションということではなくて、地域と交ざっていただく、あるいはアーティスト同士が交流をしていただくというような機会をつくっていただきたい。それは折りに触れて申し上げたいと思いますし、その中で東南部ではないけれど、東の芸術大学というのは、我々にとっても大変な大きなプロジェクトでありましたし、私はテラスのようなキャンパスを造るという発想に大賛成ですし、この前も小山田先生と一緒に共同で焚き火を囲む会みたいなものをやらせていただいたので、小山田先生ともしっかりお話をして、どんな形で京都駅の東側とか東南部のアートのまちをつくっていくのか。特に若い学生さんもいらっしゃる、その学生さんと地域の交わりみたいなものもまだまだこれからだと思うので、そこはこれから共創Hubというのがいよいよ鍬入れということでスタートして、あれは令和10年度でしたっけ、ああいうものもできてきますので、そういうところも含めてまちづくり、若い学生さんとかアーティストが集まって、そのすばらしい文化の創発が生まれるようなまちづくりを進めていきたいと思います。
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お問い合わせ先
京都市総合企画局 市長公室秘書担当 (075-222-3066)
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