スマートフォン表示用の情報をスキップ

現在位置:

こども情報館(上京区ってこんなまち)

ページ番号96514

ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます

2022年7月7日


上京区ってこんなまち


上京区(かみぎょうく)のようす

上京区(かみぎょうく)は、京都市(きょうとし)のだいたい中央部(ちゅうおうぶ)にあり、形は横長(よこなが)の長方形です。東は鴨川(かもがわ)(賀茂川(かもがわ))、西は紙屋川(かみやがわ)(天神川(てんじんがわ))、北は鞍馬口通(くらまぐちどおり)、南は丸太町通(まるたまちどおり)で、それぞれ他(た)の区(く)ととなり合っています。面積(めんせき)は7.11平方(へいほう)キロメートルで、市の面積(めんせき)の0.9パーセントです。市の中で2番目にせまい区(く)なので、歩いてまちを楽しむにはぴったりです。区(く)の東部(とうぶ)には市営地下鉄(しえいちかてつ)烏丸線(からすません)が走り、市(し)バスと乗(の)りつぎをすることで、叡山電鉄(えいざんでんてつ)や京福電鉄(けいふくでんてつ)で嵐山(あらしやま)や八瀬(やせ)・大原(おおはら)にも行きやすくなっています。また、京都御苑(きょうとぎょえん)や北野天満宮(きたのてんまんぐう)、相国寺(しょうこくじ)などがあり、このような由緒(ゆいしょ)のある寺院(じいん)や神社(じんじゃ)は、区民(くみん)がくつろいで過(す)ごせる場所(ばしょ)となっています。

  • 上空から見た上京区
  • 鴨川

 

上京区(かみぎょうく)のれきし

平安京のイラスト


上京区(かみぎょうく)の歴史(れきし)は古く、平安京(へいあんきょう)の中心となる大内裏(だいだいり)(=天皇(てんのう)の住(す)まいやお役所(やくしょ)があった重要(じゅうよう)な場所(ばしょ))が置(お)かれたのが上京区(かみぎょうく)の南西部(なんせいぶ)でした(一部(いちぶ)は中京区(なかぎょうく))。天皇(てんのう)や藤原道長(ふじわらのみちなが)などの貴族(きぞく)が活躍(かつやく)したのが、ここ上京区(かみぎょうく)だったのです。「花の御所(ごしょ)」で有名(ゆうめい)な室町幕府(むろまちばくふ)が開(ひら)かれたのも上京区(かみぎょうく)北東部(ほくとうぶ)であるなど、古代(こだい)から上京区(かみぎょうく)は、日本の政治(せいじ)・文化(ぶんか)・経済(けいざい)の中心にありました。
 「上京(かみぎょう)」の呼(よ)び名は、中世(ちゅうせい)の頃(ころ)には使(つか)われていたようで、明治(めいじ)12年(1879年)には、京都市(きょうとし)ではじめての区(く)として下京区(しもぎょうく)とともに誕生(たんじょう)しました。昭和(しょうわ)4年(1929年)には上京区(かみぎょうく)から左京区(さきょうく)・中京区(なかぎょうく)が分かれ、昭和(しょうわ)30年(1955年)には、北区(きたく)が分かれ、現在(げんざい)の上京区(かみぎょうく)となりました。

 

上京区(かみぎょうく)のみどころ

 京都御苑(きょうとぎょえん):面積(めんせき)約(やく)63ヘクタール(0.63平方(へいほう)キロメートル)の国民(こくみん)公園で、いつでも自由(じゆう)に入ることができます。まちの中で自然(しぜん)を楽しめる貴重(きちょう)な場所(ばしょ)で、京都(きょうと)を訪(おと)ずれるたくさんの観光客(かんこうきゃく)や地元の人々(ひとびと)のくつろぎの場となっています。御苑内(ぎょえんない)の京都御所(きょうとごしょ)はふだんは見ることはできませんが、春と秋には一般(いっぱん)に開放(かいほう)され、多くの市民(しみん)や観光客(かんこうきゃく)でにぎわっています。
 北野天満宮(きたのてんまんぐう):京都(きょうと)では「北野の天神(てんじん)さん」で親しまれています。菅原道真(すがわらのみちざね)が祭(まつ)られていて、学問(がくもん)の神様(かみさま)として厚(あつ)い信仰(しんこう)が寄(よ)せられる神社(じんじゃ)です。建物(たてもの)では本殿(ほんでん)などが国宝(こくほう)に指定(してい)され、また、絵巻物(えまきもの)なども国宝(こくほう)に指定(してい)されています。毎月25日は「天神(てんじん)さん」の縁日(えんにち)の日で、多くの市民(しみん)や観光客(かんこうきゃく)でにぎわいます。

*上京区(かみぎょうく)では、区内(くない)の史蹟(しせき)、社寺(しゃじ)、名所(めいしょ)などを『上京区(かみぎょうく)の史蹟(しせき)百選(ひゃくせん)』としてまとめ、区(く)のホームページでも公開(こうかい)しています。

  • 京都御苑
  • 北野天満宮

 

上京区(かみぎょうく)のじまん

 茶の湯(ゆ):上京区(かみぎょうく)には茶の湯(ゆ)の三千家(表千家(おもてせんけ)・裏千家(うらせんけ)・武者小路千家(むしゃこうじせんけ))の家元(いえもと)があり、茶の湯(ゆ)にゆかりのある茶道具(ちゃどうぐ)などのものづくりが盛(さか)んなまちでもあります。上京区内(かみぎょうくない)には、全国(ぜんこく)にも有名(ゆうめい)な京菓子(きょうがし)の老舗(しにせ)(古くから商売(しょうばい)をしてきた店)がいくつもありますが、これは茶の湯(ゆ)との結(むす)びつきが強いことによるものです。
 西陣織(にしじんおり):京都(きょうと)を代表(だいひょう)する産業(さんぎょう)である西陣織(にしじんおり)は、上京区(かみぎょうく)の西陣(にしじん)で織(お)られています。西陣織(にしじんおり)は染(そ)められた絹糸(きぬいと)を使(つか)って模様(もよう)を織(お)り出す織物(おりもの)で、多くの専門職人(せんもんしょくにん)が作業(さぎょう)を分担(ぶんたん)し、美(うつく)しい織物(おりもの)を仕(し)上げてゆきます。江戸時代(えどじだい)の前半期(ぜんはんき)には、幕府(ばくふ)が西陣織(にしじんおり)を守(まも)ったこともあり、西陣(にしじん)の黄金時代(おうごんじだい)をむかえました。取引(とりひき)したお金が、毎晩(まいばん)千両(せんりょう)をこえたことから、「千両ヶ辻(せんりょうがつじ)」との名が残(のこ)っています。

  • 西陣織
  • 茶の湯
上にもどる

  • 前のページへもどる
  • トップページへもどる

フッターナビゲーション