令和7年市長年頭訓示
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2025年1月7日
皆様、新年あけましておめでとうございます。
今年は穏やかに新年が明けまして、本日はあいにくの雨になりましたが、この年末年始にかけて、ゆっくり休みを取ってもらったと思います。しかし、同時に市民生活を守る、命を守るという意味で、年末年始も休日返上で、仕事をしていただいた方もたくさんいらっしゃいます。心から敬意を表します。
昨年を振り返りますと、元日から能登半島地震があり、たくさんの職員の方々にその対応を行っていただきました。京都市からも延べ1,700名以上の職員が現地に入り、そして今もなお4名の職員が長期派遣として、復興にあたっていただいており、そのことに関しましても、この場を借りて心から感謝を申し上げます。
新年になりますと、色々な国内外のニュースを目にしますが、諸情勢は厳しいと言わざるを得ません。物価の高騰は続いており、人手不足の問題、人件費も高騰しています。賃金の問題だけではありません。世界的に、日本は事件や事故があったとしても、まだまだ平和でありますが、ウクライナや中東での紛争を見ても、国際情勢の不安定さが増している状況です。
そんな中で、この10カ月間、私は久しぶりに京都に戻ってきて、京都のまちを市長として歩き、そして色々な形で意見交換、対話をさせていただきました。特に14名の区長にお世話になり、色々な形で5月から秋にかけて、市民対話会議を設定していただきました。年度末にかけては、市政懇談会、昨日は、賀詞交換会にも出席させていただきました。様々な形で市民の皆様と接する機会を作っていただき、心から感謝いたします。また、各局におかれましても、色々な政策課題が目白押しの中で、私に市政上の課題についてご教授いただき、場合によっては外部の有識者を招いて、あるいは団体の方との対話の場を設定していただきました。このことは、私にとって、非常に貴重な経験でありました。
このように申しますのも、人々がこのまちの文化を支えているということが、京都が京都たりうる、京都を京都たらしめている最大の理由だと私は思っているからです。その市民の皆様との対話、各行政分野に関係した団体、企業を含め様々な対話の場を設定していただいた中で、改めて、私は京都の大きな可能性に気づかされた思いであります。
私は、18歳の時に京都を出た人間であります。その当時の自分自身の正直な気持ちは、京都は良いところだけども、やはり停滞している。自分の人生をかけて、人生を歩むにあたって、東京にいきたい。そして、世界を見てみたい。と思い、京都のまちを後にして、そして、東京と京都を行ったり来たりしながら、基本的に社会人人生の主たる場所を東京に求めてきた人間であります。その人間が、色々な出会いの中で、やはり自分自身が帰るのは、ふるさとの京都であるということで、昨年市長として、再び京都市に戻りました。皆様に設定していただいた市民対話の場を通じて、色々なことを教えていただきました。かつて、京都というまちは、好きで嫌いで好きなまちだと言っていた私でありますが、その間にある嫌いな部分も含めて、自分は京都というまちに生まれ、京都というまちで死んでいく。その人間として、このまちで生きているということが、どんなに自分にとって幸せであるか痛感した1年でありました。
京都は、人口100万人を超える大都市で、そして千年の歴史がある日本を代表する古都であります。しかし、同時に京都というまちを歩いていて、人々と接していると、まるで田舎のまちのように、人と人との距離感が近く、しかしながら、田舎と違い、それをしがらみとして捉えないような工夫が色々なところにあり、お互い近い距離感にあるけれども、人と人との人間関係をある種、距離を置くことによって、人間と人間が心地よく生きていく。それこそ千年のDNAが京都には生きているなと感じます。このあんばいが私にとっては、非常に素敵なまちだと思います。私は、これまで日本の他のまちでも仕事し、旅もしてきましたが、京都以外にこのようなまちはないと思います。この素晴らしい京都の暮らしに根付いた生活文化あるいは経済というものを、どのように次の世代に繋いでいくのか。それこそが私が京都に帰ってきて、京都に骨をうずめるほどの意味だと実感した1年でありました。京都のまちは成熟している、そして秘めた可能性があると実感した1年でもありました。
私は京都市役所で勤務することは初めてであり、地方自治体で勤務することも初めての人間です。1から10まで、分かっているようで、分かっていないことだらけの1年で、色々なことを職員の皆様に教えていただきました。特に、この場にお集まりの幹部の皆様には、色々なところで、分かっていないなと思われることも多かったかもしれませんが、色々な事を教えていただき、感謝申し上げます。皆様がいかに優秀であって、いかに使命感に満ちておられるかを実感した1年でもありました。
そして、新しい年であります。私はこのまちの課題もまた多いと思いました。非常に成熟したまちであり、他のまちと違い、少子高齢化の課題に直面していても、多くの若者が現にこのまちで学び、暮らしています。そして多くの内外の旅行者がこのまちを訪れます。そういった意味では、1つ間違うと、このまちの課題というものを見誤りそうになりますが、やはり課題は深刻だと思います。市民サービスを継続的に提供できるかどうか、例えば、観光集中の中で、京都の公共交通をどうしていくのか、本当に深刻な問題です。人口流出はまだ歯止めがかかっておりません。このまま放っておいて、千年の都が、次の千年間、繁栄するという保証は全くありません。千年どころか、私の市長としての残りの3年2箇月という期間でも、京都の繁栄を考えると打たざるを得ない手がいくつもあります。
しかし、課題と可能性は表裏一体です。課題があるから可能性があります。そのことを証明していただいたのは、門川市長16年の時代に、京都駅周辺の今まで開発できていなかった地域について、開発の突破口を見出された部分であったと思います。「京都の人間は発展なんて言ったらあかん。発展せんでいい。京都は京都のままでいい。」と祖父の世代から聞かされたことを昨日のことのように思い出します。しかし私は、やはり京都というまちが成熟を続けるためには、新しい分野にチャレンジしていく必要があると感じます。そのために、今、2050年に向けた長期ビジョンの検討を開始しており、それと軌を一にして、昨年12月に新京都戦略の骨子を市民の皆様に明らかにさせていただいたところであります。
私自身が感じる京都の素晴らしいところは、1つは、まち中に夢中があふれるまち。誰もがとことん自分のやりたいことを突き詰められるようなまち。そういうまちを目指していきたい。つまり、「ウェルビーイング」なまちということです。日本語でいうと、幸せでやりがいに満ちたまちです。それぞれの幸せ、それぞれのやりがいは、個人によって違います。その集積体としての京都。そういったやりがい、幸せが伝わるまちをつくっていきたい。
そして、そのためには、誰かを排除するのではなく、誰かを差別するのではなく、彩の多い多彩、そして才能の多い多才といった、世界中、日本中の「たさい」な方々が集い、そして多様な主体と交じり合って新たな価値を創造する「ぬか床」のようなまちを作っていかなければならないと申し上げておりました。
その結果として、街並みにしても、食文化、生活文化を含めた文化にしても、工業にしても、どこにも京都のようなまちは無いと言われるような唯一無二、世界中、日本中の人たちがあこがれる唯一無二のまちを作っていきたいと思っております。
そのようなまちづくりを目指すに当たり、新京都戦略の11のリーディング・プロジェクトに注目が集まりがちではありますが、まず大切にしなければいけないのは、市民生活の安心と安全であり、この重要性というのは、私が今更繰り返すまでもないと思います。その基盤の上に、先ほど申し上げたまちを作らなければならない。色々な個性が必要ですが、尖った個性がお互いを認め合えるようなまちを作らなければならない。これを11のリーディング・プロジェクトを中心に、攻めの都市経営の下で進めていきたい。その最大のタスクは、京都市役所の仕事の仕方をこれから見直して次の時代に繋いでいくということであります。
私自身、今年で65歳になります。これから、今申し上げたまちをつくるためには、この場にいる皆様方の力が必要でありますが、皆様方だけではなく、皆様の後に続く人を皆様で育てていただきたいと思います。私も皆様と一緒に次の世代をどう育てていくのか真剣に考えなければいけないと考えております。
そういった意味で私から新年にあたり2つお願いがあります。
1つは、「対話や議論を大いに楽しみたい」ということです。たしかにまちを歩いていると、時々、私に対して苦情をおっしゃることもあります。体が疲れているときは、堪えることもあります。しかし、そういうことも含めて、市民の方々との対話を、議論を楽しめるようになりたいと私は思っております。それは簡単なことではないとも思っています。区役所・支所、あるいは各局で市民の方から大変厳しい意見を受けることもあるでしょう。しかし、この素晴らしいまち、大好きな京都のまちをどう良くしていくのか、市民の皆様と、有識者の皆様と、あるいは団体の皆様と、事業者の皆様と、そして我々と、双方で大いに議論を楽しんでいただきたいと思います。厳しい意見があったとしても、最終的には良いまちを作ろうと議論しているのだという思いで、それを楽しみに変えていく。そんな人とまちを作っていきたいと思います。また、皆様にもご協力をお願いしたいと思っております。
2つ目のお願いは、課題に果敢にチャレンジすることです。まだ終わったことではありませんが、昨年、京都市役所で不祥事が多発しました。私はその不祥事の1つ1つもさることながら、一番大きな衝撃を受けたのは、職員を対象にしたアンケートで、4割もの職員がチャレンジする環境にやや疑問を感じているということです。これだけ優秀な人々が集っている京都市役所において、そのような問題意識があるということは、なんとか正していかなければならないと感じております。チャレンジと言っても、大風呂敷を広げるようなチャレンジばかりではありません。私も自身の政治人生の中で大風呂敷を広げたチャレンジを掲げて見事に滞った失敗経験もございます。大風呂敷を広げるチャレンジも必要ではありますが、1つ1つの業務の中で、小さな分野であっても、一人ひとりの職員が、その問題、課題は何か、どうすればそれを突破できるのかということについて、とにかく議論、対話をしていただきたい。そして、行政の対象となっている課題にも、何が問題で、どうすれば解決できるのか、事柄の大小はともかく、果敢にチャレンジする姿勢でいてもらいたい。そして、市長が間違っていると思ったときは、しっかり正していただきたい。どこが間違っていたのか、どうして誤解を抱いてしまったのかを正していかないと、結局問題の本質に蓋をしてしまい、人生の時間を無駄にしてしまうことになりかねない。その中で、職場で上司であっても、同僚であっても、後輩であっても、しっかり議論をして、大きなチャレンジ、職場の課題に果敢にチャレンジすることを大切にしていただきたいです。
先ほど申し上げましたように、私自身は、京都というまちが好きです。ちょっとどうかと思うことも含めて、その課題をクリアしていける立場にあるということを楽しもうと思い、今を生きている人間であります。そういう意味では、私は京都市の最大のファンでありたいと思っております。ファンであるためには、ここはいまいちだと思うところを、しっかりと皆様と議論して、どうすればいまいちな部分を正していけるかを考えることが、自分の仕事だと考えております。
私がこれまでに聞いた演説の中で、一番心に響いたのは、20年前のスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学の卒業式でのスピーチです。彼は自分の人生を語り、その中で彼は、最後の言葉に「Stay hungry , stay foolish」を選びました。ハングリーであること、フーリッシュであることを表に出さないことが京都の文化だと思いますが、京都のまちが本当に素晴らしいまちとして、今後20年、30年、あるいは千年先京都の繁栄するためには、今このあたりで、京都はハングリーになって、フーリッシュになって、京都のどこが問題なのか、ということを見つめ直して、政策をもう一度新しく展開するべき時期に至っているのではないかと思っています。色々な大中小、様々な課題、大きな課題が大切で、小さな課題が大切ではないということではなく、生活の距離において、小さな課題、身近な課題も遠大な課題もあると思います。それぞれの課題におきまして、この1年皆様の力をお借りしたいと思います。
巳年ということで、再生や変革、成長の年だと言われています。京都のまちが、本当に成熟した素晴らしい京都ならではの、世界の中で唯一無二のまちでいるためには、やはり京都というまちが変革を遂げなければいけないと思っております。常日頃の皆様の御尽力に心から敬意を表し、この1年皆様と共に議論を楽しみ、そして、大きなことでも小さなことでも、1つでも2つでも、それを実行に移して、そして、皆様の背中を若い世代の京都市の職員が、また京都市民の方々が見て、一緒になって京都のまちを良くしていくことを、そういう思いを持つ市民の方々が一人でも多く増えていただける、そんな1年にしたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
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