大久保利通の茶室「有待庵」の移築について
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2026年6月8日
大久保利通と岩倉具視らが「王政復古」の実現をめざした密談の場所といわれる「有待庵」。当時の大久保利通旧邸(石薬師邸、京都市上京区)には、岩倉具視のほか西郷隆盛も足を運んだというエピソードが残っており、大久保利通の日記等から、「薩長間の連絡」や「王政復古の密議」の場として使われた、歴史的な価値のある建物です。
解体直前だった「有待庵」の現存が令和元年に確認され、京都市が所有者から寄附を受けました。この度、関係者の御協力もいただきながら移築や保存に向けた作業を進め、大久保利通の盟友であった岩倉具視の隠棲地である、国指定史跡「岩倉具視幽棲旧宅(京都市左京区)」
へ移築します。
【新着情報】
・令和8年5月8日から、移築工事に着手しました。御寄附いただいた皆様、本当にありがとうございました。

古写真(有待庵の内部)
移築工事の状況
〇 令和8年5月8日(工事着手)

対岳文庫の脇に移築します。

移築前の状況です。
〇 令和8年5月18日
基礎を打設しました。強度が出るまで、1週間ほど養生します。
〇 令和8年6月5日
給排水設備を整備しました。次は、素屋根をかけて、有待庵の搬入組立を進めていきます。
移築の経緯について
有待庵の移築に向けて
京都市では、令和元年5月10日に京都市上京区石薬師通寺町東入南側敷地の大久保利通旧邸跡の個人住宅の建て替えに伴い、大久保利通の茶室「有待庵」が解体される予定であることを歴史研究家・原田良子氏(故人)から連絡を受けて把握しました。その後関係者での現地確認を行うとともに、原田氏や国際日本文化研究センター教授・磯田道史氏の御助言等も受けた結果、「有待庵」を保存すべきと判断しました。
当時の所有者から「有待庵」の部材を御寄附いただけたこともあり、京都市では解体した部材を移送・保管を行いました。そのうえで、関係者と協働し、部材の腐朽度合の確認や移築に向けた基本的な設計、根継作業の実施、仮組など、移築に向けて必要な検討や作業を進めてきました。
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団体名・個人名 |
協力内容 |
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青山忠正(佛教大学名誉教授) |
有待庵の歴史的な価値の考察 |
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磯田道史(国際日本文化研究センター教授) |
有待庵の保存に係る助言 |
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株式会社KOGA建築設計室 |
有待庵の設計に関する助言 |
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京都府建築工業協同組合 |
有待庵の根継・仮組作業 |
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桐浴邦夫(京都建築専門学校副校長) |
有待庵の茶室としての価値の考察 |
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原田良子 |
有待庵の発見。有待庵の保存に係る助言 |
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平井俊行(八幡市立松花堂庭園・美術館館長) |
有待庵の部材の保護に関する助言 |
有待庵移築に向けての寄附募集
京都市では、この大切な建物を将来にわたって守り継ぐために、大久保利通と旧知の仲であった岩倉具視が隠棲していた国指定史跡「岩倉具視幽棲旧宅」を移築先とするプロジェクトを立ち上げ、なるべく多くのみなさんから支援をいただけるように、法人・個人の寄附を募りました。
【寄附募集の概要】
目標額:1,000万円
寄附募集期間:令和7年12月19日(金曜日)~令和8年5月31日(日曜日)
参考:寄附募集チラシ
寄附募集の結果
6か月にわたり寄附を募集した結果、多くのみなさんから御支援をいただくことができました。本当にありがとうございました。(結果については現在集計中)
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団体名・個人名 |
団体名・個人名 |
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植木由紀 |
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大久保利通公・墓所おそうじの会 代表 |
泰三子 (漫画「だんドーン」 |
| 宮下亮善 | 宮下寿美子 |
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京都府建築工業協同組合 |
原口泉 |
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千宗室 |
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細田隆博 |
坂本拓也 |
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美田眞一 |
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中村勝司 | 株式会社CNCエンタープライズ |
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寄附者一覧(公表希望者のみ)
参考文献
「京都市文化財保護課研究紀要第8号(令和7年3月31日)」
「鹿児島城下「下方限」出身の明治政府高官らの生活空間(令和8年2月18日)」
鹿児島城下「下方限」出身の明治政府高官らの生活空間(北尾靖雅 京都女子大学教授)
古写真等

茶室古写真 「写真類」(京都大学付属図書館所蔵)を改変

再発見時の外観

再発見時の内観
お問い合わせ先
京都市 文化市民局文化芸術都市推進室文化財保護課
電話:075-222-3130
ファックス:075-213-3366






