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京都市山科区

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山科区のプロフィール変遷

ページ番号13271

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2011年6月22日

区の変遷

 

 明治22年の町村制施行で安朱村他22の村がすべて山科村となり、大正15年10月には宇治郡山科町になりました。昭和6年4月に宇治郡山科町から京都市東山区に編入され、昭和26年6月に東山区役所山科支所が開設されました。昭和33年以降に始まりました名神高速道路の建設で、国道1号線と結合する京都東インターチェンジが設けられてからは、交通の要衝として急速に発展し、山科地域の急激な人口の増加が始まり、昭和51年10月に東山区から旧山科地域を山科区として分区され、現在の山科区となりました。平成9年の地下鉄東西線開業に伴い、ますますにぎわいのあるまちとして発展を続けています。

 この一帯は、平安時代の頃には、すでに、山城国宇治郡山科郷という名で呼ばれていましたが、そのずっと以前の縄文・弥生時代から、いきいきとした文化の足跡を刻んできています。
 芝町遺跡や中臣遺跡で発掘された土器、石器類、万葉ロマンの世界をしのばせる鏡山・天智天皇陵、平安時代から存在し、数々の伝説を秘める有名古社寺、中世日本を揺り動かした中心地である山科本願寺跡、江戸時代の風景を思い起こさせる旧東海道の遺跡など、各時代にわたり、歴史を語り探訪するのに大変恵まれた地です。
 また、山科には大石内蔵助が討ち入り前に隠れ住んでいたといわれ、赤穂義士にまつわる史跡の数々が今日まで伝えられています。

地勢と現況

 

 山科区は、市の東端に位置し、京の東の玄関口としての役割を担っています。西の境には東山連峰、北は大文字山、如意ケ獄、東は音羽山、牛尾山と三方を山なみに囲まれ、南で伏見区の醍醐地域に接しています。また、多くの川に恵まれ、安祥寺川、四ノ宮川、音羽川など、山々からの豊かな流れが、区の南部で山科川に合流しています。押し流されてきた土砂の恩恵を受け、平野部は農耕作物に適した土壌となっています。明治初期に京都の近代化を目指して建設された琵琶湖疏水では、桜や紅葉のシーズンになると多くの人が散策を楽しみます。

 山科区は清水焼、京扇子、京仏具などの伝統産業の生産団地を抱えていることに加え、金属箔、金属粉などの産業が発達し、伝統と最先端の技がほどよく調和しています。
 近年、地下鉄東西線の開業、山科駅前再開発整備事業の完了、東部山間埋立処分地「エコランド音羽の杜」の供用開始といったビッグプロジェクトが成功するとともに、山科地域体育館や山科総合福祉会館なども建設されるなど、都市機能が充実し、まちの様相は大きく変貌してきています。また、平成20年度には阪神高速8号京都線(稲荷山トンネル)が開通しました。

 

 

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京都市 山科区役所地域力推進室総務・防災担当

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