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2016年3月22日

市政史第1回配本第4巻「資料 市政の形成」綱文一覧

 

Ⅰ 市政の揺籃

 第1章 明治維新期(1868~1889)

  第1節 概 観

   (1)基本動向

     1 大年寄らが太政官に東京遷都に伴う京都衰微の状況を訴える。(明治2年9月10日)

     2 北垣国道府知事が、区部周辺吏員を集めて談話会を組織する。(1881年11月23日)

     3 京都商工会議所会長高木文平が、府に京都復興への取り組みを求める。(1882年)

     4 岩倉具視が京都皇宮保存に関する意見書を提出する。(1883年1月)

     5 京都の実業家有志らが第三回内国勧業博覧会の誘致を求める。(1883年7月9日)

     6 京都府属湯本文彦が市制施行にあたっての意見をまとめる。(1888年3月)

     7 市制施行に向けて、様々な市政団体が活動を始める。(1889年2月24日付)

   (2)制度の変遷

     8 京都府が町組を改正し、大年寄・中年寄・添年寄を置く。(明治元年8月)

     9 京都府が町組を改正し、大年寄・中年寄・添年寄を置く。(明治2年1月30日)

     10 京都市中・伏見の町組が番組から区に改称される。(明治5年5月3日)

     11 京都府が郡区の経済を分離し、三部制経済を実施する。(1881年8月24日)

     12 区会議員らが上下京両区の統合を求める。(1883年2月21日付)

     13 区会議員らが上下京両区の統合を求める。(1883年3月20日付)

     14 連合区会が区町村会法改正による定数削減に反対する。(1884年7月21日)

     15 高台寺境内に号砲が設置される。(1887年6月18日付)

     16 市制施行に向けての準備作業の日程が決まる。(1889年2月)

     17 市制施行にあたり、京都市など3市に特例を設ける。(1889年3月23日付)

     18 北垣府知事が市制施行に際し、戸長役場吏員らの意見を聞く。(1889年4月10日)

  第2節 しくみと環境

   (1)組織編成

     19 下京区役所が戸長役場の用掛・筆生などについて定員を定める。(1879年4月2日)

     20 下京区役所が戸長役場吏員の人数、報酬などについて定める。(1879年4月9日)

     21 上下京両区役所が京都府庁内に仮設される。(1879年4月11日)

     22 上下京連合区会に疏水常務員を設置する。(1885年3月6日)

   (2)区役所

     23 区役所開設に伴い、学区を組と表示することにする。(1879年3月17日)

     24 塩竈町住民が同町内への下京区役所建設に反対する。(1879年3月)

     25 塩竈町住民が同町内への下京区役所建設に反対する。(1879年3月)

     26 府が独自の区会章程を定める。(1879年8月8日)

     27 上下京連合区会が連合区会規則を定める。(1881年3月30日)

     28 市民の願届の取り扱いについて、郡区長と戸長の分担を定める。(1881年8月1日)

     29 上下京連合区会が連合区会規則を改正し、各区会との連携を強める。(1883年3月7日)

   (3)市民との関係

     30 上京第十七組で連合町会が開かれ、協議費について決議される。(1880年10月18日)

     31 府会区部会が下京区長更迭の建議を討議する。(1882年6月13日付)

     32 北垣府知事と浜岡光哲が、改進党の動向について談ずる。(1882年12月3日)

     33 上下京両区内の戸長役場が統合され、連合戸長役場となる。(1886年10月31日付)

     34 府が失火消防規則を改正し、区費による防火体制を定める。(1887年4月25日)

     35 連合戸長の不祥事で、住民の戸長役場に対する不信感が高まる。(1888年10月28日付)

   (4)周辺市町村との合併

     36 鉄道開通に伴い、京都駅周辺部を市域に編入する。(1879年11月1日)

     37 愛宕郡南禅寺村など鴨東9か村が市域に編入される。(1888年6月25日)

     38 愛宕郡柳原庄の区部編入に反対論強く、紀伊郡に編入される。(1889年2月27日付)

     39 愛宕郡田中村や葛野郡の各村に市部編入の動きが起こる。(1889年3月13日付)

   (5)他の行政機関との関係

     40 上下京両区の財政を他の郡区から分離するよう請願する。(1880年6月)

     41 府会が郡区財政の分離議案を否決する。(1880年6月7日)

     42 京都府会区部会が、市制特例から京都市を除くことを建議する。(1889年3月30日)

  第3節 政 策

   (1)経 済

     43 上下京連合区会が、博覧会場の新築について議論する。(1880年5月)

     44 上下京連合区会が、産業基立金維持仕法を審議する。(1880年7月)

   (2)社会福祉

     45 上下京・伏見区が連合して社倉規則を定める。(1879年12月)

     46 下京区会が独自の社倉積立金穀維持方法規則を定める。(1883年4月)

   (3)環境衛生

     47 上下京両区が郊外の寺院内に避病院を仮設する。(1880年6月16日)

     48 北垣府知事が、半井澄の具申により避病院改良を指示する。(1886年7月1日)

     49 府が上下京両区に衛生組合の設置を奨励する。(1887年7月2日)

   (4)都市整備

     50 府が道幅確保のため、町家に一間引き下げを命じる。(明治5年4月)

     51 府が道幅確保のため、町家に一間引き下げを命じる。(1878年2月13日)

     52 北垣府知事が内務卿山田顕義に琵琶湖疏水の目的を述べる。(1882年4月16日)

     53 府が府会議員の建議により、町並一間引下令を廃止する。(1882年11月4日)

     54 琵琶湖疏水事業の実施をめぐり、勧業諮問会を開催する。(1883年9月)

     55 浜岡光哲が琵琶湖疏水事業について区会有力者と協議する。(1883年9月27日)

     56 上京区会議員富田半兵衛らが、琵琶湖疏水をめぐり府知事と会談する。(1883年10月6日)

     57 上下京連合区会が琵琶湖疏水事業の推進を決める。(1883年11月)

     58 北垣府知事が琵琶湖疏水に疑問を持つ市民と直接対話する。(1888年7月)

   (5)文教観光

     59 府の奨励により、市中に小学校が設置される。(明治元年12月)

     60 八代府学務課長が学区合併協議について府知事に報告する。(1886年9月5日)

     61 上下京両区にそれぞれ高等小学校が設置される。(1887年6月29日付)

 

以下,詳細省略

 

 第2章 市政誕生期(1889~1898)

 

Ⅱ 市政の定着と停滞

 第1章 三大事業期(1898~1918)

 第2章 市域拡大期(1918~1937)

 第3章 戦時体制期(1937~1945)

 

Ⅲ 市政の再生

 第1章 復興期(1945~1950)

 

 

 

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