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【後半】第四回内国勧業博覧会開催時の鴨東運河

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2010年6月28日

【後半】第四回内国勧業博覧会開催時の鴨東運河

第四回内国勧業博覧会開催時の鴨東運河の写真

撮影者:桑田正三郎
撮影年月日:明治28(1895)年
所蔵者:中川邦昭氏

今回も前回に引き続き,写真パネル「第四回内国勧業博覧会開催時の鴨東運河」について御紹介致します。写真パネルでは,中央の鴨東運河に4本の橋が架けられています。前方から1本目は,仁王門通と博覧会場の動物園を往来するために架設された仮橋です。2本目は,博覧会場内に仮設された噴水に琵琶湖疏水から送水するために架橋された鉄管橋です。3本目が広道橋,4本目が慶流橋です。前方の2本の橋は現存していません。広道橋と慶流橋は現存していますが,大きさや形・構造は現在のものとは異なっています。慶流橋が現在のように擬宝珠の高欄を備えた朱塗りの橋に姿を変えたのは,もっと後の時代になってからです。

運河の南北両岸は,現在では石垣が水路に対しほぼ垂直に切り立っていますが,当時の両岸は現在よりもなだらかな土手であったことが伺えます。

仁王門通には,現在のような遊歩道も桜並木もなく,アスファルト舗装されていない地道のままでしたがすでに電柱が道路の両端に建ち並び,蹴上発電所で起こされた電気が京都市中に送られている様子が伺えます。

左手前に見える無鄰菴の敷地は,現在,瓦を葺いた白壁の土塀で囲われており,外側から中の様子を見ることはできません。しかし,写真では敷地を囲う塀は板塀で,庭木も大きくなく,寄棟と切妻の瓦葺きの屋根が組み合わされた日本家屋であることが分かります。写真左端の板塀の後方は,不自然に白く塗りつぶされているように見えます。工事中の庭園内の様子が見えないように,写真絵師が消したものと思われます。また,現在の無鄰菴敷地外の西側,瓢亭の北側には畑地が残り,まだまだこの地が京都郊外の農村であったことが伺えます。

ホームページを御覧の皆様も一度,琵琶湖疏水記念館に御来館いただき,鴨東運河の現在と115年前の姿を見比べていただければ,その違いをより実感いただけるものと思います。

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上下水道局 総務部 総務課
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