
明治30年代に入ると,第1疏水だけでは電力需要等の増大に対応できなくなり,また,地下水に頼っていた市民の飲料水が質・量ともに問題となってきたので,近代都市へ脱皮するため,第2代西郷菊次郎市長は,京都市の三大事業(第2疏水事業,水道事業,市電開通及び幹線道路拡幅)を計画しました。第2疏水はその事業の中核として明治41年10月に着工して,明治45年3月に完成しました。
この第2疏水の流量は,毎秒15.30立方メートル(550立方尺)であり,三保ヶ崎の取水点から第1疏水の北側にほぼ平行して建設され,水道水源として汚染を防ぐため全線を掘抜きトンネル又は鉄筋コンクリートの埋立てトンネルにしています。水路延長は約7.4キロメートルであり,蹴上で第1疏水に合流しています。
西郷市長(明治維新の英傑 西郷隆盛の子)

三大事業史文献

京都の水道は明治45年4月蹴上浄水場より給水を開始しましたが,その浄水方式には急速ろ過が採用されました。この方式は,今でこそ一般的なものとなりましたが,当時我が国で初めてこの急速ろ過方式を採用したのが蹴上浄水場です。
給水開始当時の京都市人口は約50万人で,このうち給水人口は約4万人,一日の最大給水量は約3万立方メートルでしたが,今日では一日最大給水量も約70万立方メートルとなりました。
また,現在は一日最大95万1千立方メートルが給水できます。さいわいにして京都市は明治の偉大な先人たちが開削した疏水のおかげでこうした命の水を確保できるのです。
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