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きょうとこども情報館(たくさんあるよ 寺・神社・城(世界文化遺産))

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2011年3月18日

きょうとこども情報館
たくさんあるよ寺・神社・城(世界文化遺産)
京都のまちを歩くと,色んなところにお寺や神社があるね。
そのなかでも,世界的にも高い価値があり,守らなければおけないものが,世界文化遺産「古都京都の文化財」として登録されているもの。
ことばの解説(かいせつ)

「文化財(ぶんかざい)」:文化的(ぶんかてき),歴史的(れきしてき)に見て価値(かち)があり,これからも守(まも)っていかなければいけないもの。

「国宝(こくほう)」:「文化財(ぶんかざい)」の中で世界的(せかいてき)にみてもとくに価値(かち)が高いもの。

 

 

1.賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)
(上賀茂神社(かみがもじんじゃ))

賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)(上賀茂神社(かみがもじんじゃ))


毎年5月に,賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)(下鴨神社(しもがもじんじゃ))と合同で行われる「葵祭(あおいまつり)」で知られます。「葵祭(あおいまつり)」は,祇園祭(ぎおんまつり)・時代祭(じだいまつり)と合わせて,「京都(きょうと)の三大祭」といわれる有名(ゆうめい)なお祭(まつり)です。また,烏(からす)の鳴きまねと子どものすもうが行われる「烏(からす)ずもう」という神事(しんじ)があります。



 

2.賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)
(下鴨神社(しもがもじんじゃ))

賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)(下鴨神社(しもがもじんじゃ))


毎年5月に,賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)(上賀茂神社(かみがもじんじゃ))と合同で行われる「葵祭(あおいまつり)」で知られます。また,1月には「蹴鞠(けまり)」といって「鞠(まり)(ボールのようなもの)」を落(お)とさないようにけりあう貴族(きぞく)の遊(あそ)びが行われます。



 

3.教王護国寺(きょうおうごこくじ)
(東寺(とうじ))

教王護国寺(きょうおうごこくじ)(東寺(とうじ))


平安京(へいあんきょう)が作られたときに,国の平和(へいわ)を願(ねが)って建(た)てられました。高さ55メートルの五重塔(ごじゅうのとう)(国宝(こくほう))で知られます。毎月21日には,「弘法(こうぼう)さん(弘法=弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)のこと)」と呼(よ)ばれる縁日(えんにち)が開(ひら)かれ,たくさんのお店と人でにぎわいます。


 

4.清水寺(きよみずでら)

清水寺(きよみずでら)


「清水(きよみず)の舞台(ぶたい)から飛(と)び降(お)りる(死(し)ぬつもりで大きな決心(けっしん)をすること)」とは,この清水寺(きよみずでら)の舞台(ぶたい)のことです。舞台(ぶたい)の下に音羽の滝(おとわのたき)があり,坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が,ここにお堂(どう)を作って観音(かんのん)をまつったことが始(はじ)まりです。


 

5.醍醐寺(だいごじ)

醍醐寺(だいごじ)


五重塔(ごじゅうのとう)(国宝(こくほう))は,今の京都府内(きょうとふない)で,いちばん古い建物(たてもの)です。毎年4月には,豊臣秀吉(とよとみひでよし)が開(ひら)いたごうかな花見を真似(まね)した「豊太閤花見行列(ほうたいこうはなみぎょうれつ)」が行われ,桃山時代(ももやまじだい)の衣装(いしょう)を付(つ)けた人々(ひとびと)が練(ね)り歩きます。


 

6.仁和寺(にんなじ)

仁和寺(にんなじ)


宇多天皇(うだてんのう)により建(た)てられ,その後,天皇自身(てんのうじしん)が住(す)んだことから,「御室御所(おむろごしょ)」と呼(よ)ばれます。金堂(こんどう)(国宝(こくほう))は,御所(ごしょ)にあった建物(たてもの)を移(うつ)してきたものです。春にはおそざきの「御室桜(おむろざくら)」が美(うつく)しくさきます。


 

7.高山寺(こうざんじ)

高山寺(こうざんじ)


日本で初(はじ)めてお茶が作られた場所(ばしょ)として知られています。また,うさぎやかえるなどの動物(どうぶつ)を人間のようにえがいた「鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)(国宝(こくほう))」という絵巻物(えまきもの)があることでも有名(ゆうめい)です。



 

8.西芳寺(さいほうじ)
(苔寺(こけでら))

西芳寺(さいほうじ)(苔寺(こけでら))


奈良時代(ならじだい)に,行基(ぎょうき)が開(ひら)いたのが始(はじ)まりです。その後,多くの庭(にわ)づくりを手がけた夢窓疎石(むそうそせき)が美(うつく)しく再建(さいけん)しました。苔(こけ)が庭(にわ)全体(ぜんたい)を,まるでじゅうたんのようにおおっているため,「苔寺(こけでら)」と呼(よ)ばれています。



 

9.天龍寺(てんりゅうじ)

天龍寺(てんりゅうじ)


後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の霊(れい)をしずめるために建(た)てられました。建物(たてもの)からのながめを考えた庭(にわ)の作り方は,その後の庭(にわ)づくりに影響(えいきょう)を与(あた)えました。また,「天龍寺船(てんりゅうじせん)」を使(つか)って,中国(元)と貿易(ぼうえき)をし,この寺を作るお金を出しました。



 

10.鹿苑寺(ろくおんじ)
(金閣寺(きんかくじ))

鹿苑寺(ろくおんじ)(金閣寺(きんかくじ))


足利義満(あしかがよしみつ)が建(た)てた山荘(さんそう)「北山殿(きたやまでん)」が,後に寺となったのが,はじまりです。黄金の「金閣(きんかく)」の部分(ぶぶん)は昭和(しょうわ)25年(1950年)に焼(や)けてしまったので,今は作り直された後のものです。ごうかな「北山文化(きたやまぶんか)」の代表(だいひょう)です。



 

11.慈照寺(じしょうじ)
(銀閣寺(ぎんかくじ))

慈照寺(じしょうじ)(銀閣寺(ぎんかくじ))


足利義政(あしかがよしまさ)の別荘(べっそう)「東山殿(ひがしやまどの)」を,後に寺としたものがはじまりです。庭(にわ)に白い砂(すな)を盛(も)り上げた銀沙灘(ぎんしゃだん)と,円すいの形をした向月台(こうげつだい)の庭(にわ)で知られています。静(しず)かで味(あじ)わい深(ぶか)い「東山文化(ひがしやまぶんか)」の代表(だいひょう)です。


 

12龍安寺(りょうあんじ)

龍安寺(りょうあんじ)


自然(しぜん)の風景(ふうけい)を石と砂(すな)だけであらわす「枯山水(かれさんすい)」の庭(にわ)が有名(ゆうめい)です。また,「水戸黄門(みとこうもん)」で知られる水戸光圀(みとみつくに)がおくったといわれる手水鉢(ちょうずばち)(手や顔(かお)を洗(あら)うための水を入れる器(うつわ)のこと)があります。


 

13.本願寺(ほんがんじ)
(西本願寺(にしほんがんじ))

本願寺(ほんがんじ)(西本願寺(にしほんがんじ))


親鸞聖人(しんらんしょうにん)のお墓(廟堂(びょうどう)といいます)が,東山(ひがしやま)に開(ひら)かれたのが本願寺(ほんがんじ)のはじまりです。お寺の場所は,いろいろなところに移(うつ)りましたが,豊臣秀吉(とよとみひでよし)が土地を寄進(きしん)(=お寺に寄付(きふ)すること)したことで,今の場所(ばしょ)となりました。多くの建物(たてもの)や庭(にわ)に桃山時代(ももやまじだい)のごうかさを見ることができます。


 

14.二条城(にじょうじょう)

二条城(にじょうじょう)


御所(ごしょ)を守(まも)る目的(もくてき)と,京都(きょうと)に来た将軍(しょうぐん)がとまるために建(た)てられました。大政奉還(たいせいほうかん)(江戸幕府(えどばくふ)が朝廷(ちょうてい)に国を治(おさ)める権利(けんり)を返(かえ)したこと)が発表(はっぴょう)された場所(ばしょ)として知られています。狩野一族(かのういちぞく)の障壁画(しょうへきが)があることでも有名(ゆうめい)です。


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