
定員:12名
このころはガソリン車で,当時まで,木製の車輪が使用されていました。
また泥はねを防ぐため,雨の日には日本で考案された飛沫よけがつけられていました。

定員:不明
大礼記念博覧会,第一,第二会場連絡用として購入しました。
シャシーは,外国産で,車体は日本製。
後に,車体の生産がオートメーション化された車種でした。

定員:30名
このころから登場した「中型車」です
車内に立席が設けられるようになりました。

定員:29名
戦時中などガソリンのない時にガソリン車を木炭車に改造したバスを使用していました。
このほかにも石炭車,コーライト車,メタン車などがありました。

定員:36名
この年に2両を購入。
充電の手数,速度の点からガソリン車に及ばない所から,あまり普及しなかったが,それでもおりからの燃料不足で電気車の使用は増えました。

定員:29名
中古軍用車(米軍)の払い下げ車両
トラックを改造したこの車両は,床が高く,燃費も悪く,外観もよくないので,あまり好評ではありませんでしたが,車両自体の不足もあり,さらに燃料付きの払い下げであったので,困難な時期に役立ちました。
ドア付近に"OFF LIMITS TO OCCUPATION FORCES"とあるのが当時を感じさせます。

定員:47名
定員:47名
昭和23年度購入
市バス初のディーゼル自動車でした。
このころからガソリン車から,軽油を使うディーゼル車に移行するとともに,車体も大型化されだしました。

定員:81名
昭和23年度購入
バス車両の大型化の最たるものがこのトレーラー型のバスです。
戦後の混乱期に活躍しました。

定員:55名
昭和27年度購入
市バスにワンマンカーが登場しだしたのが昭和26年,当時としては珍しい自動開閉式の扉を装備していました。

定員:60名

定員:66名
昭和24年から昭和38年まで営業していた貸切り市バスです。

定員:63名
市バス最後のボンネット車,以後車両は箱型のものに代わっていき,車体のデザインも現在のものに定着しました。

定員:70名
市電北野線廃止とともに登場した前乗り,後降りワンマンカー
その後乗降方法を後乗り,前降りに改造,箱型ワンマンカーの標準スタイルとなりました。

定員:83名
市電丸太町,今出川,白川線の廃止とともに登場した車両
このころから冷暖房車が運行を開始し出しました。

定員:84名
昭和52年10月1日,市電河原町線の廃止とともに登場した車両です。

定員:70名
昭和54年度購入
前部ナンバー右に「電気バス」と表示したプレートを付けているのを除き,外観はディーゼル車と基本的に同じで国の補助を受けて洛西ニュータウンと桂駅間を6両で運行。
維持費が高い,冷房化できない等の理由から昭和62年7月に廃止されました。

定員:73~80名
昭和58年度購入
昭和63年9月に開催された京都国体の啓発活動の一環として,昭和58年12月1日から45両のボディーに国体のシンボルマークや競技種目などを描いて運行しました。

定員:57名
交通局
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