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三条大橋の歴史(明治時代~大正時代)

ページ番号242827

2021年12月3日

明治時代の架替工事

 明治時代になると,幕府の直轄管理であった三条大橋は京都府に引き継がれ,その後,明治13(1880)年12月に架け替えられました。(現在は京都市が管理しています。)

 下の写真は,明治33(1900)年当時の三条大橋です。橋の下に仮設の足場を設置して赤毛せんを敷いています。床の上では行灯に火を入れて,料理を楽しんだそうです。(3)

明治時代の三条大橋

     国立国会図書館デジタルコレクションより

大正時代の架替工事(橋の永久化)

 20世紀に入ると,これまでの木材からより耐久性の高い鋼やコンクリートといった材料を用いた橋が多く架けられるようになり,いわゆる「橋の永久化」が進みました。三条大橋は国道二号線のルートになり,拡幅の要請が高かったことから,大正元(1912)年,幅員を14.5mに拡幅し,主桁にH型鋼を用いて橋脚の数を少なくしました。(3)

 ※ 橋の永久化:橋の主材料に木材ではなく鋼やコンクリートを用いること。

大正時代の三条大橋

            京都府立京都学・歴彩館「京の記憶アーカイブ」
            黒川翠山撮影写真資料

 

<参考文献>

 (1)田端泰子「京の鴨川と橋 その歴史と生活-橋と寺社・関所の修造事業」

 (2)朝尾直弘「京の鴨川と橋 その歴史と生活-公儀橋から町衆の橋まで」 

 (3)松村博「京の橋ものがたり」

 

三条大橋の歴史(京都大水害から現在の姿まで) につづく

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京都市 建設局土木管理部橋りょう健全推進課

電話:075-222-3561

ファックス:075-213-5181

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