京都市指定・登録文化財-建造物(右京区)

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2016年4月7日

京都市指定・登録文化財-建造物(右京区)

今宮神社本殿(いまみやじんじゃほんでん)

 当社は仁和寺の鎮守社であった。本殿は大型の一間社流造で,寛永21年(1644)に徳川家光の援助による仁和寺再興の一連で造営された。同じく仁和寺の鎮守社であった福王寺神社本殿(重要文化財)は春日造だが,造立年代は当社と同じで細部手法も共通する。
今宮神社本殿

西明寺(さいみょうじ)

 本堂と表門は元禄13年(1700)に徳川綱吉の母桂昌院の寄進で建てられた。本堂内部は梁行に3分され,中央の内陣には後方に四天柱を建てて須弥壇に本尊を安置する。その両横の脇陣が外陣の役割を果たしており,真言宗寺院の本堂としては特異な平面である。
西明寺

臨川寺(りんせんじ)

 臨済宗に属し,十刹の一であったが,明治期に建物は全て失われた。現在の建物はその名を継いだ三会院のもの。元和5年(1619)に方丈,同8年に昭堂,正保4年(1647)には中門が建てられた。開山堂は正面の昭堂と背面の享堂を相の間でつないだ複合建築で,客殿は六間取り方丈形式である。

臨川寺

長福寺(ちょうふくじ)

 臨済宗寺院で観応元年(1350)には勅願寺となった。仏殿(元禄8年・1695)は桁行3間・梁行3間の身舎の周囲に裳階がつく。方丈(寛文8年・1668)は六間取り方丈形式で,後列中央間の仏間に阿弥陀如来を安置する。鐘楼と表門も17世紀の建築。

長福寺

二尊院(にそんいん)

 二尊院は天台宗の寺院である。本堂は江戸時代前期に建てられた六間取り方丈形式の大規模な建物で,入母屋造・銅板葺(もとは檜皮葺)の建物である。湛空廟は方1間・宝形造・本瓦葺の江戸時代前期の建物である。八社宮も大型の一間社流造で,江戸時代前期の造営である。惣門は慶長17年(1612)に造営された一間薬医門である。これらの建物は保存状況も良好であり,その寺観は四宗兼学寺院としての名残をとどめている。

二尊院

平岡八幡宮本殿(ひらおかはちまんぐうほんでん)

 現本殿は文政9年(1826)に造営された。建物は桁行3間・梁間2間の大型の切妻造で,正面に1間の向拝を設ける。屋根は銅板葺だが,もとは檜皮葺であった。内部は前半部を広い1室とし,後半部は柱間ごとに3室に分割する。前半室の天井は格天井とし,格間には44面の花卉図(かきず)が描かれている。また正面の内法長押には熨斗に包まれた梅や椿が描かれるなど装飾性の強い空間になっている。市内に現存する数少ない切妻造本殿の一つである。

平岡八幡宮本殿

河原家住宅(かわはらけじゅうたく)

 当家は幕末には嵯峨大覚寺の御典医を務めていた。主屋は明暦3年(1657)の建築で,年代が確定する民家としては市内最古である。摂津北部から丹波地方にかけて分布する摂丹型に属し,正面寄りに鍵型に突出した角屋座敷は書院風。他に長屋門(元禄9年・1696)や土蔵2棟(共に江戸後期)も残る。
河原家住宅

斎明神社(さいめいじんじゃ)

 天竜寺塔頭慈済院の旧境内地にあり,当社はその鎮守社であった。現在の本殿は明和8年(1771)に建てられた。京都市内には数少ない神明造本殿である。当初から覆屋の中に収められていたために保存状況も極めて良好である。拝殿は江戸時代末期の建物である。
斎明神社

九頭神社本殿(くずじんじゃほんでん)

 本殿は安永7年(1778)の造営である。こけら葺きの一間社流造で,屋根の正面に軒唐破風と千鳥破風を付け,縁の下を組物で飾る。装飾彫刻も多種にわたり見ごたえがある。早い時期から覆屋に収められていたようで,棟札や建地割図等とともに保存状態は良好である。保守的な様式の建物が多い京北地域には珍しく,構造や装飾が派手で凝った造りである。

九頭神社本殿

春日神社宝蔵(かすがじんじゃほうぞう)

 春日神社は,右京区京北黒田地区の旧宮村(現宮町)に所在する。宝蔵は本殿の近傍に建ち,かつては大般若経六百巻と十六善神像を収蔵していた。建物は,桁行(けたゆき)1間,梁間(はりま)1間,切妻造,平入り,鉄板葺の板倉(いたぐら)であり,主要部材にクリ材を多用していること,格子を組んだ外壁とすること,軒は板軒であり,軒板先端が特殊な方法で支持されているなど,材料的にも構法的にも特異な板倉である。また,外壁の当初材にはかなりの風食がみられ,建立年代の古さを示している。 以上のような遺構の状況に加え,棟札や,社蔵の文献史料の記載を勘案すると,宝蔵は建武4年(1337)に建立されたと推定することができる。春日神社宝蔵は,材木の豊富な京北地域の神社で見られた板倉の宝蔵(経蔵)の残り少ない一事例であるとともに,板倉として中世にさかのぼる,また類例がない形式をもつ遺構として貴重である。
春日神社宝蔵

妙光寺方丈(みょうこうじほうじょう)

 妙光寺は右京区宇多野にある臨済宗建仁寺派の寺院である。弘安8年(1285)に伽藍を建立したのに始まり,至徳3年(1386)には京都十刹の8位に列せられている。室町時代後期の荒廃の後,江戸時代前期に至り,順次伽藍の復興が進められ,現在の方丈はこの復興過程の寛永年間に建立されたとみられる。建物は一般の形式に準じた小規模な六室型の方丈建築で,上間(じょうかん)諸室を中心に,格調高い書院建築の構えをあらわす一方,縁先や柱間装置の特殊な工夫により景趣を屋内へ導入するなど,数寄な気分をもつ作意を働かせ,書院を備えた方丈の堅い気風を見事にやわらげている。また,通用玄関とは別に貴人用の玄関を開く,前列天井の竿縁(さおぶち)を梁間(はりま)方向とするなど,方丈建築の常法を破った他に例をみない構成をもつ。保存状況も良好であり,建築年代もほぼ明らかであることからその価値は高い。また,境内の中枢部には方丈と共に伽藍を構成していた建物跡などが確認できる。江戸時代前期の創建以来,現地現存する方丈は往時の境内景観を知る上でも貴重である。
妙光寺方丈

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