京都市指定・登録文化財-建造物(北区)

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2016年4月7日

京都市指定・登録文化財-建造物(北区)

大将軍神社本殿( たいしょうぐんじんじゃほんでん)

 一間社流造・こけら葺。天正19年(1591)造営の上賀茂神社摂社片岡神社本殿を寛永年間(1624-1644)に移建したもので,上賀茂・下賀茂社関係の社殿では現存最古とみられる。境内は鎮守の森の景観をよくとどめており京都市文化財環境保全地区に指定されている。
大将軍神社本殿

岩佐家住宅( いわさけじゅうたく)

 岩佐家は上賀茂神社に仕えていた社家で,主屋・土蔵・表門・土塀が残り,庭園が配される。主屋は天明5年(1785)にはほぼ現在の間取りとなっていた。鳥居形の玄関や供待ち,束と貫で飾る妻面の外観などに社家住宅の特色が見られる。土蔵は宝暦14年(1764)の建築。
岩佐家住宅

梅辻家住宅(うめつじけじゅうたく)

 当家は上賀茂神社に仕えた社家である。建物は居室部と座敷部からなり,天保9年(1838)頃にはほぼ現在の形になっていた。居室部は正面に式台を設け,妻面は柱と貫で飾る。座敷部は座敷と次の間からなり,座敷は押板風の床の間と付書院を備えて花頭窓を開く古式で格式のある意匠。

梅辻家住宅

日下部(式部)家住宅(くさかべ(しきぶ)けじゅうたく)

 明和9年(1772)の建築で当初は座敷など2室からなる角屋が付属していた。入母屋造・平入で,シモンデ・カミンデ・ダイドコロ・ナンドの床上部と土間からなる。カミンデには付書院が備わる。小屋組の構造や開放的な開口部など建築年代に比べて進んだ形式である。

日下部家住宅

日下部(大助)家住宅(くさかべ(だいすけ)けじゅうたく)

 明治27年(1894)に主屋や旧六畳蔵が建築され,大正9年(1920)に新座敷が増築された。主屋は奥に居室部を建て,手前に座敷部を配す。農家の間取りの型を一部備えた平面をもっているが,近代的な技術を採用するなど当時の民家建築としては,かなり進んでいる。
日下部大助家住宅

井關家住宅(いせきけじゅうたく)

 当家は上賀茂神社の社家である。主屋は正面に鳥居型の内玄関と式台を並べ,妻面を柱と貫で飾る。座敷床の間の奥行が浅いなど古式な様式から,江戸時代後期の建築とみられる。中央に建ち上がる望楼風の3階は明治後期の増築である。他に土蔵や表門が残る。
井關家住宅

椋本家住宅 (むくもとけじゅうたく)

 主屋は嘉永4年(1851),米蔵は天保15年(1844)の建築。主屋は京都府中部から滋賀県西部にかけての山間部に分布する北山型に属し,妻入で内部は棟行方向に2分されて各室が2列に並ぶ。間取りが整形で柱間装置が開放的であるなどの点に時代的特徴がみられる。
椋本家住宅

天寧寺(てんねいじ)

 天寧寺は曹洞宗の寺院である。本堂は文化7年(1810)に上棟された方丈形式の建物である。正面に向拝を設け,前列3室を仕切らずに1つの空間とし,後列中央間に来迎柱を立てて置仏壇とする。このような構成は,同じく禅宗の一派である臨済宗寺院の方丈建築とは異なるものである。書院(弘化2年・1845)は,上の間と下の間からなり,西北隅に一間四方の室が張り出す。表門は安政4年(1857)建築の薬医門である。これらの建物は市内に数少ない曹洞宗の近世寺院建築として貴重である。

天寧寺

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