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国指定史跡岩倉具視幽棲旧宅の一般公開開始について

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2013年5月31日

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国指定史跡岩倉具視幽棲旧宅の一般公開開始について

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岩倉具視幽棲旧宅 主屋(鄰雲軒)

岩倉具視幽棲旧宅 主屋(鄰雲軒)

国指定史跡 岩倉具視幽棲旧宅について

 岩倉具視は,明治維新における王政復古に力を注いだ幕末,明治期の代表的な政治家です。文政2年(1825)に参議正三位堀河康親(やすちか)の次男として生まれたのち,天保9年(1838)に公卿岩倉具慶(ともやす)の養子となります。安政元年(1854)には孝明天皇の侍従となり,次第に朝廷内において台頭し,発言力を増してきました。そのような中で公武合体をすすめるため孝明天皇の妹,和宮の将軍家への降嫁を推進したことにより,尊皇攘夷派から佐幕派の巨頭と見られるに至り,文久2年(1862)に攘夷運動の高まりの中で辞官落飾し,洛北の岩倉村に慶応3年(1867)までの間幽棲したのがこの旧宅です。

 岩倉具視は,文久4年(1864)に大工藤吉の居宅(現在の附属屋)を購入し,主屋と繋屋を増築して住居としました。

 当史跡は周囲を塀で囲まれ,居宅は茅葺の主屋(約60㎡)と瓦葺の附属屋(約67㎡),繋屋(約9㎡)から成ります。他に敷地の南土塀に表門を構え,門を入って主屋南庭に通じる中門,池庭,離れの便所によって構成されています。平成20年(2008)から4箇年をかけて,京都市が文化観光資源保護基金を活用し,かつ国庫補助を得て,本格的な修理を行いました。また,敷地の東側には,展示・収蔵施設である対岳文庫(国登録文化財)と管理事務所があります。

 平成25年にこの史跡を長年にわたって守り続けてこられました財団法人岩倉公旧蹟保存会から本市が寄付を受け,貴重な財産として引き続き維持管理することになりました。

指定年月日:昭和7年(1932)3月25日

指定面積 :1,553㎡

敷地図

敷地図

平面図

平面図

○主屋(鄰雲軒)

 西側に入口である式台を設け,玄関,6畳の次の間,床の間のある6畳の座敷と東西一列に部屋が並ぶ間取りで,南側に縁側を設けています。座敷には具視の孫,東伏見宮妃周子の書による「鄰雲軒」の額が飾られています。

○対岳文庫(たいがくぶんこ)  国登録有形文化財 平成19年(2007)登録

 岩倉具視遺品類や明治維新関係文書などを展示・収蔵するために昭和3年(1928)に建設された鉄筋コンクリート平屋建ての小規模な建物で,京都市庁舎本館も手掛けた建築家武田五一(京都帝国大学教授)の設計によります。

 岩倉具視関係品を展示していますが,国指定重要文化財「岩倉具視関係資料」1011点及び京都市指定有形文化財「岩倉具視関係資料」109点は京都市歴史資料館(上京区松陰町138-1 TEL 075-241-4312)に収蔵されています。

対岳文庫

対岳文庫

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京都市 文化市民局文化芸術都市推進室文化財保護課

〒604-8006 京都市中京区河原町通御池下る下丸屋町394 Y・J・Kビル 2階

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